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時計の原価と価値

 時計の話の続き。いろいろな「メーカー」はあるが、じつはそこが自分で作っていることはほとんど無い。OEMが当たり前。中身に至っては、どれもまったく同じだったりする。それもバルク品でわずか60円。それが十万円で売られていたり。ちょっと時計を知っている者はみな、この業界、店も客も頭がおかしい、と思っている。

 もちろん、わざわざ機械式で、それもブレゲ来の姿勢制御タービロンまで放り込んだクロノグラフ、みたいなものになると、部品の精度が問題になる。ガワにしたって、素材が金無垢だの、加工が面倒なチタンだのでなくても、エッジ落としの微細さ、文字盤の細かな目盛印刷のキレなど、品質の差が大きく出る。とはいえ、もっともでかい差は、アホみたいな広告費。だが、広告を打ちまくって、ひとたび高級品のイメージができると、現実にアホみたいに高値で大量に売れまくる。逆に、ほんとうに良い機械式でも、認知度が低いと、それだけで、パチもん、のように扱われ、まったく売れず、最後は場末で処分するしかない。

 まあ、時計はポトラッチ(散財誇示)の典型で、高価であることが世間にも知られていてこそ見せびらかしの価値があるのだろう。たしかに高くてモノもいいブランドもあるが、しかし、ブランド名だけで質の悪い時計は、むしろバカをさらしているようなもの。価格と品質のバランスの中で最善の、良心的な時計、つまり、本気で愛されて作られている時計を見ると、それが場末にあろうと、応援がてら、ついつい欲しくなってしまう。