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コンピュータ言語の移り変わり

 若い理系連中が「新しい」プログラミングの「言語」に入れ込んでいるのをみると、哀れになる。私が東大の学生だったころ、大学の講義は、なんとフォートランのカード式バッチジョブだった。大型に端末から直結できるようになっても、runで何秒アクセスしたから、おまえは国税をいくら使った、なんて、画面に表示された。それから、Cだの、VBだの、パスカルだ、コボルだ、3DでVRMLだ、x3Dだ、次々とやって、悟った。まったく時間のムダ。

 『奥様は魔女』がなぜ世界的に人気なのか。あれ、テレビのくせに映画のフィルムで撮影していたから。日本でも、古い時代劇だけが繰り返し再放送される。あれも、フィルムだから。他のテレビ番組は、生か、最先端のビデオだったために、ぜんぶ消えて無くなった。次世代フォーマットは、最先端の先に延びるのではなく、1つ切り戻した所の横枝として派生する。蒸気機関ではなく内燃機関が、直流ではなく交流が、大型集積コンピュータではなくパソコンが、原子力ではなく太陽電池が、次の時代の主流になる。

 恐ろしいのは、最先端にどっぷり浸かった技術者も、まとめていっしょに切り捨てられるということ。とくにコンテンツについては、ひとつ前のにしておいた方が、他にもレガシーが多いので、コンバートの便宜も図られる。逆に、最新の言語やフォーマットのものは、まとめてうち捨てられる。こういうことは、経験則だから、若い連中に説明してもわからないだろう。いつか身をもって痛みを知ることになるだろうが。