朝生のこと

 人に会えば、いまだに毎度、朝生のことを聞かれる。あの番組作りに関わらせていただいたことは事実だし、その経験が自分にとって最大の人生の勉強になったことも事実だ。だが、べつに私が作ったんじゃない。末席を汚させていただいていただけだ。とはいえ、テレビで大きな顔をしている田原さんが作ったんでもあるまい。現場を知らない人には説明しにくいが、作品、とくにテレビは、いろいろな人の思惑のぶつかり合いで、だれもが想像もしなかったようなものに大化けする。

 だれかが仕掛け人だなんていうものは、たかが知れている。ここなら何かができそうだ、と、多種多彩な面々が集まってきて、喧喧諤諤、しまいには怒鳴りあい、罵り合いながら、突き進めていく。最大の功労者であるプロデューサーの日下さんにしても、その脇を固めるディレクターの吉成さん、作家の久利先生にしても、毎回、不満だらけだった。おそらく出演していただいたパネリストたちもそうだろう。でも、だからこそ、次こそ、今度こそ、と前へ前へ突き進んだ。

 しかし、始まって何年かを過ぎたころから、その気力が失せたように思う。日下さんや田原さんの体調が万全ではなくなったことも、大きく影響しているだろう。むしろ、それに気を使うことが増えた。ガチンコができなくなった。日下さんが亡くなり、いま、吉成さんががんばっている。たいへんだと思うが、いまでも意味のある場だと思う。番組を生かすために、若手のスタッフが情熱を持って、乗っ取ってやる、くらいの姿勢で、吉成さんに臨んでもいいんだと思う。