ボジョレーの思い出

 今日だな。ちょうどバブルの時代にテレビ局にお世話になっていたし、日下雄一プロデューサーも、あのころはまだ胃があって、ちょっとワインにはうるさかったから、当然、深夜近くに、みんなで飲みに繰り出した。とはいえ、もとよりドロアマ好きの私としては、なんだ、これ、ずいぶん水っぽいな、というのが、正直な感想。まあ、それはそれ。いかにも深まりゆく秋の気分として、ほろ酔い加減で外に出れば夜風も冷え込み、ちょっと早く、一年を振り返る心持ちだった。

 その振り返っていたのを振り返るに、『三丁目の夕日』じゃないが、あのころはまだ、日本の未来が輝いていた。ジャパンアズナンバーワンで、米国にも進出し、あちこちの国内企業が国際企業へと生まれ変わろうとしていた。そして、米国人、アジア人の方が日本語を勉強するものだと思っていた。実際、テレビ局でも、日本語のできる韓国人研修員たちを受け入れ、おたがいになんの気兼ねもなく、いずれもっと交流が進み、やがてもっと文化をわかりあう時代が来ると思っていた。

 あれから20年。朝生も今年で25周年。これまでのスタッフたちも総勢300人にもなるそうで、来月、OBOGパーティをやるとの連絡。地方に行っていたり、海外に行っていたりで、すっかり御無沙汰、失礼を重ねてしまっているが、顔を出したいものだ。中心だった日下さんがもはやこの世にいないのが残念だが。