現代の秋

 ようやく気候も秋めき、落ち着いて仕事に集中できる季節になった。まあ、年齢的にもそうだ。昔は、時代もひどかった。バブルのころは、昼前に大学院へ行って、ゼミだの、図書館だの。夕方には、テレビ局へ行き、その後、人に会い、また、局に戻って打ち合わせ。それから、スタッフとメシ。叙々苑の焼き肉だの、香妃園の鳥そばだの、平気で油っぽいものを深夜に食べていた。早朝迎えに出る黒塗り社旗ハイヤーで宅送してもらい、途中でちょっとだけビデオ屋に寄ってもらって、アクションでも、コメディでも、かたっぱしから見ていた。

 当時は名刺が1月で1ファイルになった。その後、私自身が地方や海外に住んでいたこともあり、また、別に用も無いので、みんな音信不通。だいいち、あのころの職場や住所のままなどという人は、まずおるまい。いったいあれほど人に会って、なんの意味があったのやら。人にでかい、おいしい話をちらつかせ、ああすべきだ、こうしたらいい、と、えらそうに言ってはくるが、本人自身の実行力、というか、最後までやり遂げる胆力のないやつらが大半。結局、なにかまともな仕事になるわけではない。それどころか、その本人たちが、その後、だれもかれも、どこかへ消えた。

 人のことは、どうでもいいか。思うに、最後は自分自身だろう。自分が自分でやる。そのことは、周囲が静かになった今も同じだろう。