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去年マリエンバートで

黒沢の『羅生門』の死んだ男のパートの拡大版だと思えばいい。映画館の時代ならともかく、いまはビデオの時代だから、男と女の服装から容易に分析できる。男の服装はタキシード、黒スーツ、グレースーツ。ネクタイは無地とドット。女の服装は、黒のイブニングドレス、黒の肩だしドレス、ゴールドのスーツ、白ワンピース、羽ガウン、白シルク。全部で13のTPOがある。去年初日の午前・午後・翌日午後・数日後の別れ、今年の再会・女が殺される直前・女が殺された直後、冥界での再々会・冥界の現在という時刻のそれぞれに、男の妄想的回想と女の記憶、客観的描写の3つのモードがあって、ごちゃまぜに出てくる。

まず、主要登場人物が出てくるまでに10分。この部分は飛ばしていい。要は、ある死んだ男が、なんで自分が死んだのかわかっていない女に事情を説明する、という大枠。死んだ男は、去年会って愛し合い、一年後の駆け落ちの約束をしたから、と言い張る。女の方は、似たようなことがあったとはいえ、男の言うとおりだったとは思えない。それどころか、今年、再会したところで、妄想男は女を強姦。夫から逃げて、妄想男はテラスから落ちて死に、夫は、不貞を疑って女を銃で撃ち殺す。そして、いま、冥界で、死んだ女に、死んだ男が説明し、また駆け落ちしようとしているところ、だが、夫も自殺し、冥界に来ている、という話らしい。

ゴールドのスーツが事実で、ひらひらした白いワンピースは男の妄想。語りはずっと死んだ男の現在のものなのに、映像の方だけが男の妄想的回想だったり、女の曖昧な記憶だったり、客観的描写(冥界を含む)だったりするから、語りを無視して、映像の方だけ分類すればいい。まあ、過去とは現在のものだ、というアウグスティヌスの定義に沿ってはいるが、途中で読み返しができる小説ならともかく、映画としては、もうすこし親切な語り口でもよかったのではないかとは思う。