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大阪地検事件の人間ドラマ

 何なんだろう、このものすごい人間ドラマの事件は。もともとは厚労省のある小役人の事件。大阪地検の上司二人は、厚労省の女上司も共犯だった、と決めつけた。だが、どうやっても証拠が出ない。上司たちの仮説こそが間違いであるにもかかわらず、功ををあせった地検の部下は、その共犯の証拠を捏造してしまった。しかし、一線を越えたその罪の重さに耐えかね、ついには上司に告白。ところが、上司たちは、これは事故だったということで隠蔽を決意。この捏造と隠蔽に対し、女部下が上司に直談判で抗議。すると、上司たちは、むしろ他の男部下たちを巻き込んで、この女部下の弾圧を図る。しかし、やがてどこからともなく事件は外部に漏れ、部下の主犯男はもちろん、上司二人も共犯として逮捕。上司二人は、口裏をあわすまでもなく、あれはあくまで事故で、隠蔽などしていない、と、主犯部下と組織と自分たちをかばって言い張った。かつての司法研修所同期の法曹関係者も、ただ人間性のみで、二人を擁護。ところが、裁判において、かの女部下はもちろん、他の男部下たち、そして彼らがかばった主犯男までもが、上司二人は捏造を知っていたし、むしろ隠蔽の主犯である、と、次々に証言していく。

 因果応報、というか、組織と自分を守るためなら、どんな悪事でも厭わない、というか。いや、人生にまだやり直しのきく若い者と、ここで引いたら難関司法試験合格を含むこれまでのすべてのキャリアの積み上げが瓦解する老いた者との違いなのだろうか。彼らは、自分たちが命がけで部下を守る以上、部下たちもまた自分たちを守ってくれるにちがいない、とでも期待したのか。だが、悪事は悪事だ。どこであの二人は、秋霜烈日の意味を、組織無謬、権威護持と取り違えたのだろう。証拠も無く上司二人を擁護した司法研修所同期とやらの連中も、精神的にはまったくの同罪だ。泣いてなお、一線を越えた部下をかばうという間違いを犯した上司たちを正す若い部下たちこそが、新しい正義の時代を切り拓いてくれることを心から願っている。