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学問の断絶と再結

英国は、清教徒革命と名誉革命の後、領主貴族から官僚貴族、成金産業経営者、労働者、自営庶民、そして、被雇用管理職の中産階級まで、いずれの階級も残ってしまったために、社会の階級の断絶は、ますます悪化した。この状況で、文化再統一のために、18世紀、上層が印刷を支配することによって、上流の「趣味」を定め、これを大学から国民小学校まで、下流に伝達する仕組みを作った。

一方、フランスではナポレオンの出た技術大学校のように産業経営者や労働者の知識も学問とされ、また、独自の国民文化の統一的源流を求めていたドイツやイタリアでは、庶民の口承知のようなものも再評価され大学に取り込まれた。歴史のない米国も、ピルグリムファーザーズ以来の生活道具でもなんでも博物館に飾った。ところが、日本は、英国の学問体制を取り込み、欧米文化を上流から下流に教え込むことが教育だとされた。

そして、米国に占領された戦後も、大学はこの輸入学問卸の地位に安住してきたが、サブカルチャーとの拮抗は隠しようがない。それで、それをそのまま大学の一部に取り込もうなんていうバカが出てくる。そんなことをしても、今度は大学内の階級対立を生じるだけだ。かつてフランスやドイツ、イタリアがやったような、きちんとした体系的な文化消化をしないと、大学は、旧かなの古書と読み捨て雑誌ばかりになってしまう。