本格ミステリとしての横溝正史

 こんなこと、知っている人は知っているだろうが、横溝は、すごい。江戸から明治、そして乱歩にかけての日本の伝統的な猟奇譚ファンを全部引き連れて、戦後の日本に本格ミステリを切り拓いてしまった。というわけで、アガサ・クリスティに続いて、ミステリ論は、横溝へ。

 とにかく横溝は、インテリだ。若いうちからクリスティほかを原書で読み込んでしまっている。それでいて、乱歩などにへばりついているファンが喜びそうな奇天烈で残虐無慈悲な殺され方を一作品にてんこ盛りにする。そのうえ、呪いだの、祟りだの、村の因習まで、これでもかと飾り付ける。まるで和食甘味のフルーツパフェのようだ。

 ところが、これら全部がトリック。まさに犯人による世間の目くらましのためだけに使われている。読者もころっと騙される。話の本筋は、呪いも、祟りも無く、ただたんたんと冷徹な合理性が貫かれている。もっとも、困ったことに、宣伝惹句までおどろおどろしいから、昨今は、多くの読者が、ホラー小説と勘違いしてしまって、ろくに読まれない。学生たちに聞いても、だれもがそういう勘違いをしていた。もったいない。