アガサ・クリスティの魅力と限界

 今年度は、『ミステリ論』を開講している。はっきり言って、ミステリファンの語るミステリ論など、ヨタ蘊蓄と素人感想ばかりで、学術的には話にならない。物語分析の手法で、きっちり文学プロットを考察しよう、というのが、この講座のねらいだ。

 で、最初に採り上げているのが、アガサ・クリスティ叙述トリックの『アクロイド殺し』を含め、シリアス(本格)・ミステリの新約聖書と呼ぶにふさわしい。1930年代ながら、読者層は、有閑中産階級に焦点が合わされ、上は公爵夫人から、下は使用人まで、社会の縮図として登場する。そして、なにより、それまでの犯人と探偵の知恵比べが、作者から読者へのシャレイドとして形式的に確立された。

 ただ問題もある。シリアス・ミステリにおいては、すべてが合理的でなければならない。このために、善人も悪人も、キャラクターはみな合理的に考え、動く。思いつきとか、気まぐれとかが紛れ込むことはない。ここには、内面の葛藤も、アーク(人格の成長)もない。この絶対条件の下では、中編まではなんとかなっても、長編のロマンにはなりえない。それでも、1つの犯罪の被害者の広がりや、裁かれていない加害者の存在など、彼女の作品は、ただの謎解き以上の文学的な力がある。