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文化的ゴミ箱の国

 来年度のシラバスの詰めをやっているのだが、絶望的な気分になる。講義関連の指定図書を挙げようとすると、どれもこれもみな絶版なのだ。もちろんどこかの図書館にはあるだろうが、これもWEBCATなどで検索してみると、古典名著ですら、およそまともに収蔵されていない。あちこちの近隣大学で融通しているのか、そもそもだれも読もうともしないのだろう。そういう本にかぎって、ブックオフで数百円で売られていたりする。

 翻って米アマゾンを見ると、先端の研究者たちによって最新の専門書が次々と出されている。もちろんそのなかには大したことのないものもあるのだろうが、ペーパーバックであっても、日本の新書や文庫と比べものにならない。たまに大型書店をのぞくこともないではないが、どこかの国の廃棄物の山を思い出した。もはや日本語文化圏では学問などというものはなくなったのだろう。これほどのゴミの山の中では知を掘り出すことなど不可能であるように思われる。

 日本では、テレビも、本も、もはやまともに関わるに値しないものになってしまったようだ。彼らになにか言っても、彼らですらなんともできまい。喜々としてゴミの山を楽しんでいるのだから、じゃまをしてもしかたあるまい。