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芸術と弾圧の歴史

 騒いでいる連中を見ると、あわれなものだ。あまりに芸術史を勉強していない。小学校の学級会のように、頭の中の妄想だけで、社会が理念どおりになっていない、と怒っている。頭でっかちのマルクスかぶれの全学連世代から、結局、なんにも変っていない。社会が理念どおりになっていないからこそ、歴史があるんじゃないか。すこしはヘーゲルでも読んでみればいいのに。

 「表現の自由」の一言で、ほんとうに表現の自由が得られるくらいなら、だれもこんなに苦労していない。人権がどうあれ、憲法がどうあれ、法律がどうあれ、自分とは意見の異なる小うるさい表現者など、気に入らないから踏みつける、なじり倒す、余罪でもなんでも逮捕する、いっそ適当に闇夜に殺してしまう、なんていう有象無象は、権力側はもちろん、反権力側にも、山のようにいる。そして、彼らの横暴からの受難は、実際、この数千年来の芸術の歴史のなかで、日夜、繰り返されてきたことだ。

 だからこそ、芸術は、複雑な表現手法を編み出し、したたかに作品として生き残り、社会に影響を与え続けてきた。その先人たちの苦難と苦渋の上に、いまの身の上がある。その危うさを顧みず、他人の人権を傷つけるようなものを作品だと言えば、社会からも、芸術の側からも、否定されるのは当然のことだ。