講義でロック史

 ここのところ、講義で学生にロックの歴史を話している。米国や英国などでは、近代芸術史として当然の分野なのだが、なかなか日本ではまともに扱われていないのが残念だ。

 1967年のブライアン・ウィルソンの『スマイル』の挫折の後、翌1968年に英国で「スマイル」という学生バンドが結成される。これこそ、後の「クィーン」だ。それは、ブライアン・ウィルソンの無念を引き継ぎ、シンフォニックロックをめざして、多重録音による作品作りに突き進む。こうしてできたのが、1975年の「ボヘミアン・ラプソディ」だ。たった4人で、オペラの合唱団並みの音の厚みを表現するために、180トラックのオーバーダビング、という伝説があるくらいだ。

 しかし、クィーンは、この一曲の後、あまりこのようなシンフォニックロックの作風には取り組んでいない。むしろ、グラムロックないしパワーポップへ向かっていく。あの一曲の後、フレディは内面性を完全に隠し込んでしまう。だが、フレディのエイズ発症とともに、むしろブライアン・メイが、フレディ風の「ショー・マスト・ゴー・オン」を作る。残念ながら、この曲はライヴで歌われることはなかった。今年が20回忌。「ラプソディ」から早くも35年か。