将来性があると言われる技能は暴落する


/投機は転売が目的。自分で使う基幹能力無しに周辺技能ばかり身につけても、自分自身が道具としてしか扱われない。だれもが同じ技能を習得すれば、数年後には暴落する。自分の仕事のために新たな能力を創り出してこそ、投資だ。/

 以前、六本木のテレビ局で仕事をしていた。同じ高層ビルには外資系企業がいっぱい。エレベーターの中でも、英語が飛び交っている。若いOLたちも、米国人社員たちとスマートに会話。どぅユーらいくツクネ? オー、ちきんみーとぼーる。あいラヴいっと。しかし、こんな調子では、まともに英語の能力を仕事に活かしているとは言えまい。

 投資(インヴェストメント)と投機(スペキュレイション)は異なる。投資は、フロー(流動資産)をストック(固定資産)に換え、それによって、その減価償却(ストックの経年劣化による価値減少)以上のフロー・アウトプットを得る。一方、投機は、市場の不安定さを利用し、少ないフロー・インプットで、より大きなフロー・アウトプットを得る。たとえば、いままで歩いてやっていた配達仕事で、バイクを買って使うことによってより大きな利益を生み出すのは、投資。一方、宝くじを買って当てるのは、投機。

 ややこしいのは、現代経済では、ストックも証券市場においてフロー化しており、投資も投機の対象となりうるから。株は、本来は投資の分割負担であり、配当のフローを得るものだが、市場で自由に売買されているので、これを安く買って高く売るチャンスがある。しかし、投資と投機のダブルスタンダードを自由に乗り換えられることによってこそ、ストックが固着することなく、最適な分野に移動する。ある人があるストックを投資として買ったとしても、そのストックを他によりよい投資に利用できる人が現れれば、前者は自分の投資を諦め、投機を採って、後者にそのストックを譲り渡す。ところが、逆に、自分自身では利用する当てもないのに、いずれ他にだれかそのストックをうまく投資に利用できる人が現れ、より高く買ってくれるだろうという転売目的のみで、それを買い求める人が多くなると、いわゆる投機バブルだ。

 昨今、就職難ということで、若いうちから、より高く売れそうな技能を身につけようと、だれもが必死だが、それは投機だ。たとえば英語。経営や金融、工学や接客のノウハウがあって、それを英語でもアウトプットできるというのならともかく、まともな仕事の能力も無しに、ただ英語の技能だけを単品で高く買ってくれる職など、じつはかなり少ない。パソコンの能力も同様だ。結局は、会社の中での下請仕事で、安く買い叩かれる。

 そもそも、最初から人への転売を目的に技能を身につけたことが敗因だろう。道具にすぎない技能を売りにすると、その人自体が、ただの道具にすぎないものとして扱われ、つねにフローの雑費用として外部化されて処理されてしまう。一方、自分自身にやりたい仕事があり、かつ、自分一人だけでもやれる能力がある者は、それにマッチする会社もまた、事業の基幹となるストックの正社員として採用し、本人を留学などに送り出すなど、さらに能力開発のための投資をしてくれる。

 まず自分自身がやりたい仕事の基幹能力への投資こそが、第一。しかし、そういう基幹能力は、学校や参考書が整っていることは少ない。まだ他の人が能力として確立していないからこそ、その習得が投資としての意味を持つのだ。先輩たちの横に付いて、また、先人たちの跡を追って、それに自分の独自の工夫を加え、新しい能力を創り出す。

 能力の習得のために時間とカネをかけるなら、世間で将来性があるなどと言われている技能への投機はやめた方がいい。それは、いま、みなが同時に習得している一種のバブルにすぎない。数年後には暴落する。それより、自分の信じる道こそを進もう。