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正義が勝つなどと期待するな

 
/世界の歴史を見れば、差別の無かった国は無く、いじめの無かった組織は無い。脇が甘いと、とんでもない言いがかりをつけられ、とばっちりに巻き込まれる。せいぜい人に踊らされたり調子に乗ったりしないように気をつけたい。/



 現場が、これは危険だ、と報告を上げたのに、上司が事の重大さを理解せず、揉み消してしまう。それでいて、世間で大ごとになると、あいつが現場にいながら報告をしなかった、と、責任を押しつけられ、トカゲのしっぽ切り。不当だ、と怒ってみても、悪人の屁理屈と、だれからもまったく相手にされない。逆に、上司が改善を指示したのに、部下はそれを放置。それでやはり問題になったら、部下は上司のせいにして巻き添え。こんなことは、世の中にはよくあることだ。

 処分する本当の理由自体が、もともと表沙汰にはできないような不正であることも多い。ダビデ王は、部下の妻を寝取るために、その部下を敵陣に置き去りにして殺した。若い息子へ社長職を世襲するために、これまで会社のために誠実に働いてきた有能な幹部たちを強引に切り捨てることもある。なんにしても、すでに先に結論はあるのだ。クビにする、となったら、クビにする。そのために、クビにする理由をでっち上げる。

 顧客からのクレームを針小棒大にして、会社の信用を著しく傷つけた、などという話に始まり、机の中にまだ書けるボールペンが2本入っていただけで、会社の備品を不正に詐取したと責め、携帯電話の充電でさえ電気の窃盗だと騒ぐ。やたらトイレ休憩が長く多い、勤務怠慢だ、というような言いがかりでも、もっともらしいニセの離席記録を捏造されてしまったら、反証は難しい。パソコンのデータに着席中の作業時刻が残っているだろうが、会社はまずそれを最初に取り上げてしまう。もっと陰湿に、あちこちで、あいつは精神を病んでいるなどとウワサを立て、小さなミスでも、ほら、やっぱり、と言いふらし、退職に追い込む。映画の『ガス灯』に因んだ「ガスライティング」という手法だ。

 危機管理委員会だの、人権保護委員会だの、社内にあったところで、多くの場合、結局、通常の経営責任者たちが名を連ねている。彼らが危機管理や人権保護をきちんとやっていないから問題が生じているのに、同じ彼らに問題を報告してどうにかなるなどと思う方がどうかしている。そこに内部告発などしようものなら、どんな仕打ちを受けるかわかったものではない。

 世界の歴史を見れば、差別の無かった国は無く、いじめの無かった組織は無い。個々の人間は善であっても、寄り集まれば、その中でいかがわしい人物が跋扈し、不正がはびこる。『ドン・キホーテ』に出てくる下僕サンチョ・パンサの口癖は「不幸は水瓶に」。石が水瓶に当たっても、水瓶が石に当たっても、割れるのは水瓶だ。なにしろ、反則であろうと不正であろうと躊躇しないやつの方が圧倒的に強い。それがわかっていて、なにも自分から石に当たり、こなごなに割れに行くこともあるまい。こんな世の中が正しいとは思わないが、正しくないのが世の中というもの。まず脇を固め、自分で身を守るのが第一。

 歴史はもう一つの真実も伝えている。人を裁く者は、その裁きそのものによって人に裁かれる。イエスを裁いた総督ピラトは、そのまちがった裁きゆえに永遠に呪われた。アインシュタインを侮った科学者たちは、そのまちがった判断ゆえに自分たちの無能をさらした。善悪は神の専権。世の中は、人知ではシロともクロともつかない物事ばかり。にもかかわらず、周囲に踊らされ、人間の分際で人の善悪を軽々しく言いつらうようなら、自分こそ組織の中で頭がおかしくなっている、はめられている、と早く気づいた方がいい。調子に乗っていると、次はきみが同じ穴に落とされる番だ。