面接のすべては自分の売り込み


/人は質問されると、誠実にその質問の内容に答えようとしてしまう。だが、面接で質問しているのは、採否を判断するため。ムダに反論などせず、ただ売り込むことだけを考えよ。/



 毎年、学生たちに就職活動の指導をする。その第一の心得。すべては自分を採ってもらうため。エントリーシートから、履歴書、集団討論、個人面接も、ただそれだけ。集団討論で具体的な経営課題が出されたって、会社はそんなものを学生なんかに本気で解決してもらおうなどとは思ってはいない。ただ自分が率先して議論に参加できる、ということを売り込むだけの場だ。面接の質問も同じ。サークルがどうこう、なんて、先方からすれば、正直なところ、まったく関心がない。ただ、その答えで、見所、採る理由を探しているだけ。なにか質問がありますか、というのも、自分を売り込んでくるような質問こそを求めている。自分は商品開発に関心があるのですが、云々。

 ディルバートの法則にもある。会社で上司と話をするのは、すべて昇進をアピールするためだけ。コミュニケイションによってわかり合おう、なんて上司が思っても、その上司自体がわけのわからん人なのだから、コミュニケイションなんかしたって、こっちは、やっぱりわけがわからん人だ、ということがわかるだけで、そういうわけのわからん人に自分のことをわかってもらえても、どうせ勘違い。むしろ、あいつはよくわからんが、まあ、昇進させてやろう、と上司が思ってくれさえすれば、それで充分。

 人は、質問されると、誠実にその質問の内容に答えようとする。とくに学生は、そうだ。将来の志望は? などと聞くと、真剣に考え込んでしまう。ゼミの話題のきっかけとして振っただけなのだから、べつになにか適当に答えてくれればいいだけなのだが、それがわからないらしい。デートでも、ちょっと、いい車ね、などと言ったとたん、延々と車自慢をし続けるバカ男とか、携帯が鳴って、友だち? と聞いただけなのに、自分のクラスメイトたちのことを高校入学にまで遡って物語るアホ女とか。

 昨今はパワハラの問題もあり、以前のような圧迫法は影を潜めたが、それでも、面接なのだから、きみ、せっかちだね、とか、成績にムラがあるようだけれど、とか、問題点があれば、直接に聞いてくる。これに、いえ、そんなことはありません、などと、反論しても、いや、そうだよ、と再反論され、押し問答の水掛け論に陥る。それで、話にならん、と言われて負けになるのは、志願者の方だ。

 相手がそう言うのだから、そうなのだ。問題は、その先。せっかちだね、と言われたら、はい、即断即決で、仕事も早いです。成績にムラが、と言うなら、はい、弱点があっても最後まで諦めずにがんばる性格なんです、と答える。理屈が通っているかどうか、など、大したことではない。相手が認めた事実を、自分を採る理由にこじつけて売り込むことが重要なのだ。実際、入社しても、セールスの仕事なんて、みんなそんなもの。面接する方も、そういう柔軟で強靱な応対能力こそを見ている。

 いま、その会話を通じて何をしているのか。話の中身など、どうでもいい。言っている内容が正しいのだから、自分は間違ってはいない、などという発想は、すでに間違っている。場違いは、間違いだ。いかに事実であれ、葬儀で死人の批判をしたり、結婚式で新郎新婦の恋愛遍歴を説明したりするのは、まともな大人のやることではない。面接も同じ。もちろんウソはまずいが、ウソでなければ、冗談交じりに、おもしろく、当たり障わりなく話をつなげることの方が、真のコミュニケイション能力として高く評価される。自分がいまここに何をしに来ているのか、そのことだけをつねに念頭に置き、相手に答えよ。