風通しの悪い組織の末路


/内部の各所各人を対立させることで統一を可能にする分割統治という手法がある。しかし、外枠が壊れれば、外部の力が入り込んで瓦解。そうでなくても、歴史的な怨嗟の内部堆積のために、自主再建は不可能だ。/



 地中海世界全体を手に入れたローマ帝国は、広大な範図を支配すべく、分割統治を行った。地方ごと、民族ごと、階層ごとに微妙に待遇を変え、あえてそれぞれの国の内部を四分五裂させ、利害対立させ、その力を削ぎ落とした。この政治手法は、多民族を内部に治める古代中国や、世界各地に植民地を展開した大英帝国などでも大いに利用された。

 江戸幕府もまた、全国を藩に分割し、隣国同士で対立監視させた。さらに、それぞれの藩の中でも、士農工商の身分を画し、生活のあらゆる場面で、たがいに異様な差別と憎しみが生まれるように仕組んだ。たとえば、武士は名目上は他の身分よりも上だが、実際の生活ははるかに貧しいことが多く、それだけに民衆に対する武士の支配は過酷になった。

 大企業においても、その多くが、複数の販売系列、複数の営業課、複数の下請企業を持ち、相互に競わせている。同じ現場に、正社員のほか、非常勤、期間工、パートやアルバイト、派遣、応援など、さまざまな身分の人が混在し、その処遇が事ごとに異なる。正社員の中ですら、合併吸収前の所属や採用地、採用枠によって、昇格などの人事に細かな違いがある。さらには勤務分掌において、あえて職種ごとの利害を対立させ、労働組合までも、共産系、民社系、御用系など、バラバラ。そのうえ、こういう会社に限って、会長派、社長派、銀行派などが入り乱れて暗躍し、合従連衡と裏切りを繰り返している。

 社内のだれもが、なんらかの意味で敵だ。内部の空気は淀み、疑心暗鬼になり、だれもが減点だけは作るまい、と、びくびく仕事をし、なにか起これば、責任のなすりあい。いわゆる「風通しの悪い組織」だ。だが、改善しよう、などと言い出せば、上から激しく睨まれる。これは、わざとやっているのだ。言わば、たったひとつの石の重しで、大きな木のフタを風呂の底に辛うじて沈めているようなもの。

 ただし、歴史をよく知ればわかるとおり、この分割統治の方法は、宿敵や鎖国という強固な外枠が存在するときにのみ成り立つ。古代ローマや古代中国は、そのそれぞれの部分が外国勢力と繋がって群雄割拠となり、江戸幕府も、個々の藩が英国その他を呼び込んで瓦解した。そうでなくても、外部に競争相手が出現し、周縁からあちこちを食い荒らされただけでも、統一的な反撃も防衛もできないまま、急速に衰退してしまう。

 戦後の鎖国に甘んじてきたのは、日本の交通や通信における数々の国策的会社群だけではない。民間に関しても、ノートリアスMITI(旧通産省)を主導とする護送船団方式が、まさに競争する旧財閥系六大企業グループの分割統治だった。だが、いまさら、国内雇用を守ろう、などと言っても、どのグループにも属していない新興企業の方がとっくに国際化し、従業員の国籍はもちろん、工場の所在地も問わなくなってきている。

 こんなもの、ガタガタになってからトップが代わっても、もはやどうにもできない。歴史的な怨嗟が汚泥のように社内のあちこちに深く堆積しており、さあ、再生のために一丸となって、などと声をかけても、だれも動かない。どうしてもやるなら、古代ローマのように、ばっさりと分割して、面倒な過半を遺棄してしまうか、ジンギス・カンや明治政府のように、その外部や一部が全体を再征服、再統一するか、しかあるまい。

 分割統治によって内部の風通しを悪くしておかなけば統一を維持できない、というのなら、その実体は、とっくにバラバラなのだ。まともな企業の経営者なら、求心力ある革新的理念を打ち立て、部分の側から参集を望ましめるのでなければならない。