あなたのすぐそばにいる立派な悪人


/有印私文書偽造の一線を越えてしまえば、なんでもできる。相手を潰せば公訴もされない。彼らは、自分こそ被害者であり、わがままなやつに鉄槌を下すのだ、と言う。神仏を畏れず、善意と信念に満ちて語る人物は、天性の詐欺師だ。/



 そこそこ長く生きてきていれば、珍しい種類の人々を通りがかりに見かけることもある。悪人だ。とはいえ、粗暴犯や前科持ちなど、じつは大したことはない。恐ろしいのは、むしろそれなりの地位や立場にあり、いまだ犯罪者として捕まっていない人々。いや、彼らの多くは、一生うまく立ち回り、死ぬまで捕まったりしないのかもしれない。

 連中はビジネスの世界にも、よく登場する。たとえば、青サギ。シロウト相手を白サギ、恋愛絡みを赤サギ、プロのサギをカモにするのを黒サギ、そして、会社関係を青と言うらしい。もともと登記簿などのコピーが青焼きであった時代からの隠語だろう。彼らは、人の名前の印鑑を作ったり、自署というところに人の名前を書いたりすることに、なんの躊躇もない。役所はたしかに本人確認はするが、こうやってかってに他人の委任状を作ってしまうと、委任を受けた本人、ということが確認されるだけで、たいていの書類が引っ張り出せてしまう。こうして財産関係を調べ上げ、書類偽造でも何でも、あれこれむちゃくちゃをやる。それに会社が気づき、法的な対抗策を打ち出そうにも、そのころには会社自体が潰れてしまっており、結局、すべてうやむやのまま沙汰止み。

 連中は、弁護士や会計士でもないのに、やたら法律や制度、財務に詳しい。実際、法務や経理の出身が多いようだ。バブル期の工場の地上げや、その後の企業相手の取り立てで腕を磨き、怪しい人物の援助で一本立ち。表向きは、実業家、会社社長、コンサルタント。だが、ロータリークラブライオンズクラブ、地元商工会、青年会議所などのような、まともな長いつきあいはなにもない。一方、地回りの政治家、個人金融業者、司法書士崩れや警察官崩れ、公私曖昧な個人世襲経営の特定郵便局長などと妙に懇意だったりする。

 興味深いのは、彼らの心情だ。自分は被害者なのだ、と言う。本来の取り分を取り返すだけ。待っていても、時間もかかり、弁護士その他に上前をはねられてしまうので、やむをえず自力救済をする。そして、わがままを言って周囲に迷惑をかけているやつに鉄槌を下して思い知らせてやるのだそうだ。有印私文書偽造は刑法犯では、と聞いても、救急車が信号で止まるか、だいいち相手が公訴しないなら黙認したのだから犯罪ではない、などと答える。実際、財産を根こそぎ奪われれば、相手も公訴どころではあるまい。

 善なる神が作り給うた世界に、なぜ悪があるのか。このことは、キリスト教世界では最大の倫理学上の問題だった。ライプニッツは、悪は、神に劣る人間の善の不足である、と考えた。だが、実例を見るに、実際はちょっと違うようだ。悪人は、被害者、裁定者、救済者の三位一体。むしろ自分自身こそ神であるらしい。そして、大いなる善という目的のためには、小さな悪など悪ではない、と言う。清濁併せ飲むくらいの度量がなければ、大物ではない、と言う。世界平和のための戦争、ヨーロッパ再生のためのユダヤ人虐殺、圧政排除のためのテロ、都市再開発のための地上げ、資本流動化のためのサブプライム

 悪人ほど、善意と信念に満ちて人に語る者はいない。おじいちゃん、おカネを殖やしましょう。この会社は、もっと大きくなりますよ。あなただけに、いま、特別なチャンスが与えられているのです。その言葉は、まるで神様のようにありがたい。だが、キリスト教によれば、アダムとイヴは、知恵の実を食べ、あれが善だ、これが悪だ、と小賢しいことを言い出したからこそ、楽園を追放された。神や仏に対する信心もなく、運不運に対する畏怖もなく、自分でかってに善悪を語るような連中には、重々、気をつけた方がよい。