キャリアの断層と自分との競争


/内定率と言っても、中身はさまざま。リストラにおいても、大半が失職失業する一方、逆に出世する者もある。キャリアには断層がある。新規投資の再査定に耐えられるだけの将来性を、日々、新たに身につけていかなければならない。/



 内定率70%、と聞けば、まあ、7割方はなんとかなるんだ、と言うような気になる。だが、これは進路の話で、まともな会社への正社員での就職とは限らない。どこの学校も、就職指導担当者は、どこでもいいから学生たちを会社という会社に突っ込んでいく。来年度の学生募集で学校の看板になるような大手有名企業の採用もゼロではないが、もともと無理にお願いしているので、半年以上が試用のまま、新規契約開拓に利用されるだけ利用されて、結局、難癖をつけられ、追い出されてしまう、ということもないではない。

 正体不明存続不能の怪しい会社であろうと、新卒募集は大歓迎だ。実家が農家や工場、商店であれば、これもみな進路内定。女子学生は、とりあえず家事手伝いか派遣会社登録で上がり。卒業後も今のコンビニなどのアルバイトを続けられるなら、それでももう内定。ちょっと意欲のある学生なら、資格取得を目指す、個人事業を興す、タレント志望、マンガ家志望、などということで、これも内定。いよいよダメそうなら、大学院に進学するか、あえて留年する、どこかの専門学校に横すべることを勧める。これだけ無理な数字操作をしても、まだ10人中3人は、まったく行き場のない、100%の完全純粋な無職。

 米国のマスコミは、現場に強い人事採用権があるため、つねに雇用膨張傾向にあり、十年ごとくらいに組織として上から大規模なリストラを断行しなければならない。ところが、奇妙なことに、看板キャスター、看板ライターのギャラは、むしろここで大幅に引き上げられるのだ。上層としては、このリストラによる視聴率や販売部数の低下を恐れる。また、同じネットワーク内でも、成長に頭打ち感がある会社に対して、他社が猛烈な人材引き抜きをかける。だから、大量の記者たちが失職失業する一方、同じ局内で、もしくは、他社に移って、一気に出世する連中が出てくる。

 日本においても、半端なタレントたちがいつの間にか画面から一掃されてしまう一方、ただの局アナが数々の番組で徐々に知名度を上げ、改編でメインとなるのを機会に外部の事務所に移って、億単位のギャラをぶんどる、などというのは、よくあること。そしてまた、やがて、ギャラが高すぎる、ということで、いきなりさっぱり切り捨てられる。どんなヴェテランであろうと、後からいくらでも出てくる若手の有望株にはかなわない。

 有名大学に受かった、大手企業に入った、で、安心できたのは、遠い昔の話。学校は卒業しなければならず、企業も、系列再編や他社合併で、人事制度が激変する。つまり、どこまでも続くかに見える線路の先に、突如として巨大な断層があるのだ。キャリアの上に乗っている間は、たんに前年比の問題にすぎないが、断層においては、費用対効果が全体的に再査定される。それも、それが断層である以上、過去の実績は、未来には引き継がれない。ただ将来の可能性として新規投資に値するかどうかのみが問われる。

 夏王朝を倒した湯王は、洗面盤の底に「とにかく日は新たまった、きょうも日は新たまる、そしてまた日は新たまっていく」と刻み、毎朝、慢心なきよう、自分を戒めた。ファッション・デザイナーのココ・シャネルもまた、今日、新たな運命に会いに行くのだと思って全身全霊を着飾れ、と言う。昨日は昨日、今日は今日、そして、明日は明日。過去にこだわらず、現在にとどまらず、つねに未来を求めていなければ、次の運には出会えない。他人との競争ではなく、過去の自分、現在の自分との果てしない競争だ。今の自分が昔の自分に追い抜かされてしまうようでは、世の中から取り残されても、文句は言えまい。