女性の結婚は転職よりも難しい

/女性の結婚は、実質的には転職だ。女として魅力もけっこうだが、家事の職務経験ゼロでは採用の望みは薄い。男が経営権の半分を譲渡して、その管理手腕に委ねるにたるだけの家政能力があってこそ、夫婦の二人三脚も成り立つ。/


 会社での雇用が不安定になる中、いま、婚活、婚活、と騒いでいるのは女性の方だ。だが、恋愛の延長線で、化粧法だの、ボディラインだの、いまだに表面的な女の魅力で男探しができるなど思っているのなら、それは無理。使いものにならない偽札の刷り具合のような話なら、だれもそんな見かけ倒しに魅了されたりはしない。むしろ、派手にうわべを飾り立てるほど、うさんくさい、と思って、まともな男はどんどん遠のく。

 大切なのは愛よ。それは、そうだ。だが、もともと赤の他人なのだから、ただぶら下がるだけの重荷なら、すぐに愛想も尽きる。そして、愛こそが大切であるがゆえに、下手をすれば、男は、もっと愛のある女に走るかもしれない。まして、夫婦は対等だ、という現代の理念と、夫が妻を養うものだ、という伝統の理念のダブルスタンダードをかってに使い分け、都合良くなんでも面倒を相手に押しつけて、老いていく両親や傾いていく会社の代わりに男のところに寄生しようというだけなら、そのどこに愛があるのやら。

 女性の結婚は、実質的には転職だ。そして、保母その他の隣接分野ならともかく、30歳も過ぎるまでずっと母親の世話になっていて、家事としての職務経験ゼロなどという人材を新規に正社員として採用しようなどという企業は、常識的に、まずありえない。

 いや、男に雇われるわけではない、と言うだろう。たしかに、そうだ。安定した生活をしている独身男の方は、個人事業主としてやっている。だから、男が結婚しようかと考えるのであれば、それはわざわざ株式公開して、新規株主を募集し、自分もまた、夫婦という法人格の被雇用者になる、ということを意味する。しかしながら、これまた、常識的に考えて、資本を増やすメリットがなければ、そしてまた、これでよほど資本が増えるのでもなければ、わざわざ上場するまでもない。共働きという株式交換による対等合併で生活費をシェアする、というのが近年の一般的な理由だが、女性が専業主婦になるというのなら、余程の資産があるか、相応の労働の現物出資がなければなるまい。

 でも、妻は家政婦ではない、などと言うかもしれない。しかし、それは、家政という仕事をずいぶん軽く見た発想だ。家政担当は、昔から、城代家老、大蔵大臣や内務大臣などの重職。それだけに、これまで不要不急のブランドものばかりを買い集め、ろくに貯金もない、などという経済観念の欠落した者を、いきなり経理部長に抜擢するバカな会社は無い。それは、ギャンブル狂に会社の金庫の鍵を預けるくらいの暴挙だ。

 女性が男性の収入を云々言うのは、男性に対する条件というより、それが、その後の夫婦としての企業規模を示すから。専業主婦でも、共稼ぎでも、その収入は、いったんすべて夫婦のものとなる。そして、そこから、夫婦の運営のための費用、それぞれ個人の費用が予算付けされる。だから、どうせ就職するなら、明日をも知れぬ零細企業より、安定した大企業の方がよい、と考えるのは、世間が批判するほど、まちがってはいない。

 とはいえ、結婚するとなれば、玄関受付として、ただ、にこっと笑っていればいい、というわけにはいかない。主婦と言えば、経理部長兼生産管理部長のようなもの。それも専任。自分のほかに部下などいない。夫婦という企業を、大きくするのも、ダメにするのも、その経営手腕次第。営業部長のダンナに雇われているわけではないのだから、その批判ばかりしている場合ではない。その職責相応に、限られた予算をうまく切り盛りして、小さな企業を大きく盛り立てていってこそ、愛ある夫婦の二人三脚というもの。