いつもポケットにノラネコを

/どんな商品にも寿命がある。隙を作らないためには、つねに多様なライフサイクル段階の商品をバランスよく取り揃えておくことが大切だ。とくに、どうなるかわからないノラネコをつねに多く手元で育てていることこそ重要だ。/


 BCGのPPM、なんてったって、わかる人は多くあるまい。が、マーケティングは人をケムに巻くために、こういう略語を濫用する。経営学の中には現場で生まれた理論も多い。1970年代、急激な日本企業の世界進出を前に、ボストン・コンサルティング・グループが米国の巨大複合企業の再編のために案出した戦略的な経営方法だ。戦略的、というのは、市場における顧客や競合他社との直接の戦術方法ではなく、有限の資源を適切に配分し、自社そのものの戦力を強化する方法。ここで画期的だったのは、従来のマーケティングが市場シェアの分捕り合戦ばかり考えていたのに対し、持続可能な成長を目標とし、時間軸を理論の中心に据えたこと。いっときだけ勝つなら、姑息な手はいくらでもあるが、絶対に負けないためには、隙をつくらないことの方に重点が置かれることになる。

 彼らがまず前提としたのは、どんな商品、どんな市場、どんな事業も寿命がある、ということ。理由はよくわからない。飽きられる、新製品によって陳腐化する、市場が飽和してしまう、等々、とにかく経験則として、それぞれ長寿短命の差はあれ、すべてのもののライフサイクルには時間的な限界がある。だから、自分の手持ちの商品や事業に関し、それがいまどのあたりに位置しているか、的確に把握することが重要だ。

 そして、彼らがこのライフサイクルが生まれる原因として分析的に考えたのは、成長力と市場力の時間的なズレ。定番商品は、市場力はあるが、もはやさほどの成長力はない。一方、ヒット商品は、成長力はあるが、いまださほどの市場力がない。さらに、これを微分的に、成長力や市場力が増えつつあるのか、減りつつあるのかも配慮する。こう考えると、市場力はまったくなく、成長力があるのかどうかわからない《ノラネコ(ワイルトキャット)》、やたら注目されているが、まだ利益を出さない《新星馬(スターホース)》、だれでも知っている定番商品で、現金ミルクをガンガン生み出す《現ナマ牛(キャッシュカウ)》、そして、ある程度の知名度はあるが、ジリ貧になる一方の《負け犬(ルーザードッグ)》の4つの「宮(ぐう、ハウス)」に分けられ、この順に遷(うつ)る。

 重要なのは、PPM、すなわち、プロダクト・ポートフォリオ・マネジメントとして、これら4つの宮の中身のバランスをつねに保つこと。同じ商品であっても、時間とともに宮を遷っていく。それに応じて、処遇と組み合わせを変えていかなければならない。戦略的にまずいのは、現ナマ牛のミルクで負け犬を生きながらえさせたり、牛そのものが飲みつぶしたりしてしまうこと。そうではなく、そこらで拾ってきたものの、よく洗って太らせてみないと、なにになるかわからないノラネコこそ、そのミルクで次々と育てていくべきだ。売れているタレントの事務所が、手元で多くの新人たちを喰わせて育てていくのがこれ。稼いだタレント本人に高給を払ってしまう事務所は、遠からず潰れる。

 さて、日本企業。いまや中国や韓国、タイ、インドネシアなどの猛烈な追い上げをくらい、70年代の米国と同じ状況だ。ところが、ぐるっとみれば、賞味期限切れ間近の商品や事業ばかり。それをいまの現ナマ牛でかろうじて支えている。戦略として最悪。米国は、当時、それこそパソコンだのインターネットだの、わけのわからないノラネコを育て上げ、国際市場の王座の地位を保ち続けた。いまの日本に何があるのか。それは、けして国際市場ですでに湿った犬の臭いがするアニメやマンガではない。もっとわけのわからないもの。それを手がける度量がないなら、昔のスペインやオランダのように、ただ没落する。