部下が逃げる!

/いくら不景気でも、こんなひどい職場では、命がもたない、と言って、部下が辞めてしまう。だが、会社に補充の余力はない。こうして、いま、あちこちでリストラのツケが表面化しつつある。/ 


 評判の悪い船長が、九九人の船員とともに大西洋に船出した。だが、あまりの船長の横暴ぶりに、すぐに三三人の船員が反乱を起こした。船長は残りの六六人に命じて、反乱者たちを海に突き落として殺した。ところが、三三人の三交代八時間勤務でやってきた船は、この後、六六人の二交代十二時間勤務になってしまった。このため、二二人が愚痴や不満を漏らし出す。船長は残りの四四人に命じて、不平分子を次々と始末。しかし、本来なら航行に三三人が必要であるにもかかわらず、いまや二二人の二交代。あちこちでミスが重なり、そのうち、多くが過労で倒れ、しまいには、気がふれて自分で海に飛び込んで死ぬやつも出てくる。こうして、この船は、広い海の真ん中で、どこにもたどりつくことのない幽霊船となった。

 「逃散(ちょうさん)」などというと、日本史の教科書に出てくる中世の荘園の話のようだが、違う。いま、あちこちの病院で現実に起こっていることだ。勤務医や看護師がいきなり次々と辞めていってしまう。団体要求を突きつける、なんてしない。これは、そんな策を弄した見せかけのストライキではない。使命感に燃え、むちゃくちゃな勤務態勢にもかかわらず、がんばって、がんばって、ある日、体力も精魂も燃え尽き、立ち上がれなくなったのだ。もはや自分にも、職場にも絶望している。要求どころか、言い残す言葉さえもないまま、去っていく。そして、病院もまた、閉鎖廃業を強いられる。

 企業の若手や派遣でも、同じことが起こり始めている。先行きの保証があればこそ、上司のむちゃも聞くが、それはもはや期待できない。不景気の中、営業不振にリストラ続きで、どうあがいても、どうにもならない。これ以上、がんばったら死んでしまうというところまで追い詰められる。そして、いよいよ精神的な心停止、鬱病に陥って出社できなくなる。それでも、いきなり自殺してしまうよりは、どれほどましなことか。

 だが、こうなると、状況は大きく変る。ただでさえ各部所にはもはやギリギリの人員しか残されていないのだ。以前ならば、リストラしてやる、などと、部下を奴隷のようにイジメ抜いていた上司も、いまや部下たちをなだめすかして、なんとか留まってもらうようにしなければならない。というのも、会社は一人でも多く辞めてくれることを喜ぶが、代わりの補充人員を自分の部所に送り込んでくれはしない。部所として立ちゆかなくなれば、自分が責任を取らされ、リストラされてしまうからだ。それで、こんどは上司が鬱病

 太平洋戦争中、日本は超軽量、わずか1680キロで、戦闘能力の高いゼロ戦を作った。一方、米国はムスタング。重量が5500キロもある。だが、上空からゼロ戦に迫り、ヒット&ランで、ドッグファイトはしない。ゼロ戦は、弾が当たっただけで、機体がボロボロに崩れてしまったが、ムスタングは装甲によってパイロットを守り、脱出生還を可能にした。気づいてみれば、日本軍は、気鋭の機体はあっても、ほとんどの優秀なパイロットを失い、手元に残っているのは、もはや出撃したこともない、練度の低い新人ばかり。彼らが立ち向かう敵の米軍機には、やられるたびに学習を重ねた歴戦の勇者たちが乗っている。

 神輿(みこし)が勝手に歩ける言うなら、歩いてみいや。『仁義なき戦い』の有名なセリフだ。上司が部下をこき使うのは当然だ、などと考えていた時代がおかしかったのだ。マッチ棒の山は、一本、二本を抜いてもなんでもないが、ある一本で総崩れになる。人材がいなければ、会社は動かない。部下がいなくなれば、上司も上司ではいられない。