ヒット商品は経営の覚醒剤だ

        /ヒット商品の希求は、企業中枢を麻痺させる中毒性すらある。生産能力の最適活用を考えるなら、中量で長期に売れるロングラン・カウ型の定番商品・百年商売こそ、まともな経営者が真剣に模索すべきものだ。/


 経営にとって重要なのは、どれだけ多く売れるか、ではなく、どれだけ長く売れるか、だ。つまり、売上と時間の力積が問題なのであって、いくら世間で話題になっても、瞬間最大風速型の短期ヒット商品は、経営には貢献しない。

 いや、力積なら、短期で超大量に売れても、中量で長期に売れても、総額は同じではないか、と思うかも知れない。マーケッターは、コンセプトしか考えないから、いくらでも大量に複製できると誤解してしまう。しかし、現実の商品では、製造能力に限界がある。超大量の需要があっても、供給できない。供給を超える需要は、まったく利益にならない。それどころか、断るだけ、手間。そのうえ、信用まで失う。建設工事をやって、製造設備から増強してもよいが、そのころには需要が無くなり、この設備投資そのものが丸損ということになる。実際、ある玩具メーカーは、大ヒット商品の受注に応えようと、海外にまで工場を展開したが、稼働し始めるころにはブームが去って、大損害を蒙った。

 たとえ工場をフル稼働させて製造したとしても、素材や原料が揃わない。たった1つの部品でも、足りないとなったら、製品そのものが成立しない。だからといって、むりにかき集めようとすれば、市場は逼迫し、コストは法外に跳ね上がる。また、語学学校や介護サービス、飲食チェーンなど、大量宣伝で急成長したところで、人材の育成が追いつかない。このため、質が低下する。そして、そのうち、たった1人、とんでもない人物が紛れ込んだだけで、全体の信用が瓦解してしまう。生乾きのレンガでは、塔は立たないのだ。

 くわえて、日本では、書籍や日用品において委託販売が慣例となっている。店頭からの要請に応じて増産して送付すると、しばらくして、売れ残った、と言って、膨大な返品が生じる。当然、まったく利益にもならない。倉庫代や処分費もバカにならない。最近では、マスクの作りすぎで、メーカーは四苦八苦している。まして、いまの出版業界など、その全体が繁盛貧乏の典型。手間の割に商品寿命があまりにも短いから、作っても作っても短期の利益にしかならず、経営は迷走し、ちょっとしたつまづきで倒れる。

 このような短期型ヒット商品を「シューティング・スター」と言う。これに対し、中規模で超長期に売れ続ける定番商品を「ロングラン・カウ」と言う。手堅い文庫のラインナップを、それも売り切りでやっている出版社など、ムダに刷らないから、大儲けもない代わりに、赤字も出ようがない。調味料メーカーも、確実なリピーターを抱えて手堅く、キャッシュ・ミルクが貯まったら、新製品開発を手がけるばかりか、周辺企業を丸ごと買収して傘下におさめていくほどの余裕だ。日用品でも、フケ防止シャンプーや顆粒歯磨き、防虫殺虫剤など、おそろしいほどの長寿定番商品があり、このようなものが、経営の屋台骨を支えている。ビールやソフト飲料ですら、次々と出てきて、テレビCMで強引に宣伝される1シーズンだけの新製品などより、十年来の定番銘柄の方がケタはずれに認知度が高く、製造営業コストも安く、会社としての利益のほとんどを稼ぎ出している。

 ヒット商品は経営の覚醒剤だ。マーケッターや広告代理店を儲けさせるだけで、かえって企業は疲弊する。新製品でマスコミ取材を受け、酔っていると、主力商品の位置づけがぐだぐだになり、支離滅裂なヒット中毒の自転車操業に陥る。むしろローギア・スタート、ノーCMでも確実に市場に定位置を占めていくような定番商品の百年商売こそ、経営者が手塩にかけて育て上げ、つねに改良し続けていくべき真の基幹事業にほかならない。