仕事の見つからない若者たちへ

        /きみたちを責め立てる中堅や団塊世代こそが、問題の元凶そのもの。だが、こんな無理は、もう無理だ。いずれかならず変る。その時を待って、自分磨きを怠らずにいよう。/


 世間が夏休みだといっても、いまだ先の職の決まらぬ若者たちは、気が気ではあるまい。心ない人たちは、ゆとり教育のせいだ、二流学校が多すぎるのだ、などと、きみたちを責め立てる。だが、それは違う。あきらかに職そのものが無いのだ。この国そのものが老化しているにもかかわらず、そのツケを極端に若者のところにだけにしわ寄せしている。

 中堅が次々と新しい事業展望を打ち立て、そこに若者たちを吸い上げるのが、健全な社会のあり方だろう。ところが、その前の団塊世代は、自分たちでバブルを引き起こしておきながら、その危機の乗り越えるためという口実で、引責するどころか、権限委譲を先送りにしたままだ。このため、中堅は、中堅とは名ばかりで、いまだ新人同様の軒先借りの仮住まい。経営権はもちろん、人事権のかけらも無い。ただでさえ人口比で少ないうえに、その後のリストラでさらに骨抜きにされ、いまや現場は、テレビのドラマや政党のポスターのごとく、定年間際の高齢者と世間知らずの青二才のコンビばかり。私が謝ってどうなるものでもないが、我々、中堅世代の力不足が、いまの若者たちの苦難の原因になっているかと思うと、たいへん申しわけなく思う。

 かようにひたすら待たされて続けている我々の世代が言えるのは、ただひとつ。こんな状況は、さすがにもう長くは続かない、ということ。いくら団塊世代の定年を延長したところで、実働を外注派遣に頼っているようでは、成果も挙がらず、ムダに年寄を抱えている余裕も無くなる。時の流れに抗っても、無理は無理だ。時間は止められない。

 きみたちのうちで運のよい者は、これからどこかに職を得られる。それでも、この就職活動で上の世代から受けた薄情な仕打ちの数々は、おそらく一生、忘れないだろう。そのうえ、先輩たちの多くは、雇用者でもないくせに、この不景気に取ってやったんだから感謝しろよ、と、さらに追い打ちをかけ、きみたちを乱暴に扱い続ける。すぐに辞めたくなる気持ちもわかる。だが、いっしょに待とう。腹を立ててもなにも変らない。

 まして、きみたちの中で運に見放された者は、来年の春になっても、なんの良い便りも無いかもしれない。だが、いっしょに待とう。ヤケになったら、それこそ負けだ。力では上の世代には勝てない。連中は数が多すぎる。そのうえ、いまだあちこちに深い根を張り巡らしている。きみが素手で立ち向かえるような相手ではない。

 きみにはきみの良さがある。くじけそうになっても、背筋を伸ばし、胸を張り、取ってくれないなら、こっちからお断りだ、と言い返すプライドを持とう。実際、若者を正しく評価できない企業は、老いて滅びる。一方、どこかに、かならずきみだけの良さに気づいてくれる人がいる。日本だけでも、会社は三〇〇万社もあるのだ。世界まで考えれば、星の数にも等しい。大きな会社でも、小さな会社でも、仕事に打ち込み、人間としても尊敬に値する立派な人物はいくらでもいる。いつかそういう人に出会えると信じ続けよう。そして、いつ出会っても恥ずかしくないように、自分の良さをつねに磨き続けよう。

 かつて自国民を奴隷として新大陸に売り、偽りの繁栄を享受したアフリカの王国は、その後、跡形無く消え去った。いま、この日本で、同じことが起こっている。暑さの中、怒りに震える若者たちよ、もう少し、いっしょに待とう。古い世代は確実に老いる。遠からずパワーバランスが変る。臥薪嘗胆、地面に眠り、粗食に甘んじるとも、いまのうちに真の実力をつけ、いずれきみたちの時代が来ることを信じ、堪えてチャンスを待とう。