軍師論客になりたがるバカ

        /知恵は沈黙にこそ宿る。ちょっと思いついたくらいで、すぐにぺらぺらと人しゃべりたがる程度のやつに、軍師論客など務まるわけがない。/


 自分もかつてテレビ番組でそういう連中を世に売り出してきた側だから、あまり大きな声で言えた義理ではないのだが、『三国志』や『風林火山』の影響なのか、近ごろ、勘違いしているやつが多すぎる。ちょっと思いついたくらいで、すぐ人にしゃべりたがるようなやつは、みな下っ端だ。

 だいいち、そこらの民間会社をドロップアウトした人物が、熾烈な内部対立をくぐり抜け、官僚機構や大企業グループのトップまで登り詰めた連中に助言できる、などとと思うこと自体、世間知らずにも程がある。自分が知恵を授けてやる、と言えば、彼らは、ほうほう、なるほど、と、聞いてくれるかもしれない。だが、そんなことは、たいてい連中は百も承知なのだ。目配りしている領域が桁違いに広い。内部の極秘情報もある。より大きな事情を鑑みて、知っていても、やらない、言わないだけだ。

 しかし、現にコンサルタントという仕事もあるではないか、というかもしれない。これも、その本分は、知恵を出すより、手足を動かす、汚れ役、嫌われ役のエイジェント。トップが本音で思っていることを察し、代わって大げさにアドバルーンを上げてやる。たとえば、リストラ。外部のプロのコンサルタントの客観的な判断となれば、過激な内容であっても、それもやむをえないのか、という沈んだ雰囲気になる。そこへトップ本人が出てきて、より穏和な現実策に修正してやる。さすが我が御大将、絶対にその線で踏みとどまらねば、と、求心力が生まれる。もっとも、最初からすべて出来試合なのだが。

 弁護士もそうだ。ペラペラと自慢げに知識を振りかざすのは、メッキ輝くイソ弁だけ。しかし、法律については、大企業ならたいていのことは法務部でもわかっている。純金の企業弁護士や銀ムケの老獪弁護士ともなれば、いきなり相手先に乗り込んで、ただの御挨拶といって、世間話をしてくる。肝心なことは、なにも言わない。これからせめぎ合うのに、手の内を見せるなど、論外だからだ。理屈で争うようでは、まだ若い。刃を抜くことなく、相手を抑え込んでこそ、法律の専門家というものだ。

 なんにしても、口が軽いやつは、人間として使いものにならない。どこぞの不慣れな政権政党の大臣たちのように、重職にありながら、組織として固まってもいないことを、人に聞かれてへらへらしゃべれば、その後、組織としての信用がどうなるかくらい、常識でわかりそうなものだろう。まして、タヌキとキツネが真剣勝負の睨み合いをやっているところで、連中が黙っているから、動こうとしないからといって、わかってないなどと思う程度の浅知恵なやつは、軍師論客以前に、箸にも棒にもひっかかっていない。

 経営で大切なのは、評論ではなく行動だ。結果だ。先に口に出せば、責任が生じ、敵にも手を知られてしまう。逆に、それについて最初からまったくなにも言及しなければ、それについての説明責任さえも生まれない。

 知恵は、沈黙にこそ宿る。黙って盤面全体を眺め、今後の展開を見通す。そこに主観的な思惑や目論見が紛れ込めば、それは自分勝手な希望的観測となって歪み、読みを誤る。まず黙るのだ。そして、相手に、状況に、語らせる。語らせれば語らせるほど、その正体が現われる。良いことも、悪いことも、あえてそのまま放置し、機が熟するのを待ち、いまここという瞬間を捉えて、一気に全軍を動かし、制圧する。この乾坤一擲(けんこんいってき)の妙を知りうる者のみが、真の軍師論客として、将への進言を許される。