坊主がカネのことをぐちゃぐちゃ言うな

 まったくまだイオンのことで、一部の仏教関係者が騒いでいるらしい。だが、越権を言うなら、坊主が世人の布施の決め方に口を出すこと自体が、とんでもない越権だ。定額だろうとなんだろうと、与えられたものを黙って受け取ればよろしい。自分で「客」を値踏みして布施を勝手に「請求」してきた坊主にかぎって、こんな心得違いを起こす。

 末寺はどこもたいへんなのに、本山が法人ボケしている。まあ、この上納構造は、コンビニから、新聞販売店、ガソリンスタンド、茶道教室まで、みな共通している。息子の跡継ぎ問題を人質に取られているから、末寺も本山には軽々には逆らえない。だが、歴史を見れば、キリスト教ではローマが腐ったとき、新教や単立教会が大量に生まれ、その連合体に変って、ローマもいまや再融合を申し出なければ身が持たないところに来ている。

 この問題をきっかけとして、日本の寺も、遠からず単立や連合になっていかざるをえないだろう。すでにガソリンスタンドでは、そうなりつつある。上の顔色を伺っていても、なにも助けてくれないなら、檀家との関係を築き直す方を選ぶところも出てくる。まあ、村で寺を支える、という方が本来の形なので、江戸時代以来のゆがみが元に戻るだけだが。