ブレッドさんとコッペさん

        /経済学は算数ではない。そこには、楽して、量を増やし、質も上げる、という方法がある。だが、時代錯誤の大企業は、いま、経済学とは真逆のことをして傾いていっている。/


 ブレッドさんは、パン屋を開くことにした。繊細な焼き加減が自慢だ。ところが、隣にもパン屋ができた。コッペさん。見るからに体育会系で、どうも苦手だ。早朝から生地を叩き練る音がうるさい。ブレッドさんも、あわてて起き、生地を起こすが、50個分で時間切れ。もう焼き始めないと開店に間に合わない。一方、隣ではすでにボウボウと煙があがっている。でも、あんな火力じゃ、半分は焦げてしまうな、と、ブレッドさんは、ほくそ笑む。

 さて、開店。ブレッドさんの店も、コッペさんの店も、50個、50個のパンが並んでいる。ところが、昼過ぎには、どちらも売り切れてしまった。午後に来た客は残念そうだ。もっと作ったら、もっと売れるのに、と思うのだが、ブレッドさんは、そんなに体力がない。隣を見れば、コッペさんも考え込んでいる。そのうち、二人はいいことを思いついた。

 翌朝、コッペさんは、いつものように生地を練る。ブレッドさんは、ゆっくり寝坊。そのうち、コッペさんが起こしに来た。ほら、120個分の生地だ、後は任せた、オレはちょっとジョギングに行ってくるよ。ブレッドさんは慎重に釜の火を調節し、120個分をみごとに焼き上げる。コッペさんが帰ってきて、できあがった60個、60個を、それぞれの店で売ることにした。生地はもっちりとして、香ばしい焼き具合だ、と、評判になった。だが、以前より楽をして、量も増え、質も上がるとはどういうことか。

 経済学の基礎を習ったことのある人ならすぐにわかる。リカードの比較優位という概念だ。得意でもないことが足を引っ張っている。うまいやつに任せて分業した方が、結果として良くなる。こんな経済学の基礎中の基礎に反して、あれもこれもいまだに自分のところで抱え込んでいるから、デパートも、テレビ局も、総合商社も、ゼネコンも、旅行代理店も、鉄道グループも、みんなダメになる。

 しかし、シナジー効果が、とか言うのだろう。市場が拡大しているときは、それもいい。だが、飽和状態で他社との競争があるとき、シナジー効果機会費用を相殺して、それでコスト的に他社に勝てるかどうかが問題になってしまうのだ。一位の勝者は、絶対優位だから総合化する。だが、二番手以降は、同じ機会費用をかけるなら、シナジー効果よりも、専門特化の規模効果(ロングテイル)を狙って、一位の勝者を切り崩した方が有利だ。そして、この切り崩しにコスト的に勝てないなら、一位も総合屋から撤退すべきだ。そのうえ、総合屋は、いまや顧客の方からも攻められている。以前は、取引コスト(探索・交渉・保証)が大きかったから、顧客は、自力調達よりも、総合屋に依頼した方が簡便だった。ところが、情報化で探索コストが下がり、標準化で交渉コストが下がった。保証サービスのメリット以外は、自分で個別に直接契約した方がはるかに安く済む。

 経済学をあなどってはいけない。それは、ごく身近なところに潜んでいる。個々の商品や表面的な現象ばかり追っていると、大きな地殻変動を見落とす。そしてまた、理論は万能ではない。それぞれが特殊な前提条件を持ち、複数のものが複雑に絡み合っている。とくに、弱小企業が、聞きかじりで大手有名企業の猿マネをするのは具の骨頂だ。二番手以降が一位の勝者と同じことをすれば、絶対に自滅的に負ける。これも、経済学の基礎中の基礎。この夏、もう一度、大学水準の教科書でも、よく読み直してみよう。