孤立こそが多数派を作る

        /多数派工作は勝利の鍵。だが、無理に集めた連中は、やがていさかいを起こす。それよりも、周囲から孤立することで、その外側から支持を得、周囲を束ねた方が得策だ。そう考えた賢帝が、昔、ローマにいた。/


 いまの時代はデモクラシーとやらで、政治でも、会社でも、数が勝負だ。だから、どんな嫌いな相手であろうと、どんな路線の異なる相手であろうと、お近づきになり、堅く手を握って、にこっと笑顔で写真を撮る。八方美人とけなされようと、風見鶏となじられようと、とにかく多数派の勝ち馬に乗るのが先決。だが、その盟友たちは、それぞれがみんな好き勝手に引っかき回して、結局、船は前には進まない。それどころか、同じ船の上で、他の連中を蹴り落とそうと大暴れ。やがて船ごとひっくり返る。

 ローマが最盛期を過ぎたころも、元老院の中の貴族議員たちの陰湿なせめぎ合いで、内情はぐちゃぐちゃだった。強大ローマを作り上げた軍人上がりの皇帝ハドリアヌスが亡くなったとき、元老院の一部が、ダムナティオ・メモリアエを画策した。記憶抹消刑、すなわち、その人物の記録はもちろん、肖像や記念碑まで、いっさいを消滅させ、歴史上に存在しなかったことにしようというクーデタだ。これに対し、皇帝の養子だった名門出身の敬虔アントニヌス帝は、これを阻止し、内政の統一に努めた。そして、彼は、ハドリアヌス帝にも認められていた若き賢人マルクス・アウレリウスを娘婿とし、帝位を譲った。

 だが、アウレリウス帝の時代、事態はさらに悪化する。そのうえ、洪水、戦争、そして、疫病。それでも、彼は、その死まで、どうにか国を治め、後に哲人賢帝と讃えられる。彼は言う、奸臣たちに腹を立てるな。彼らは自分たちの本分に励んでいるだけだ。言ってわかるような善人なら、最初からそのようなことはしてはいない。それよりも、自分はどうか。自分の本分は、まずは奸臣たちの横暴から国を守ることだ。彼らが彼らの仕事に熱心である以上に、自分が自分の仕事に熱心であれば、なんの問題もない、と。

 悪人は、相手の欲得や下心を利用してつけ入るものだ。それがなければ、とりつくしまもあるまい。ひそかに多数派工作を図ろうなどとするから、それを逆に利用され、船ごと乗っ取られる。アウレリウス帝は孤立していた。だが、それゆえに、何者も侵しがたい崇高さを帯びることとなり、軍部や国民からの熱狂的な支持と尊敬を得て、元老院議員たちの介入を強く退けることができた。

 だれもが多数派に入ろうとして、右往左往し、烏合の衆となる。しかし、歴史を見ればわかるように、最大派閥の領袖だから国民が支持したなどということは、いまだかつてない。そんな裏工作めいたやつは、むしろ、もっとも国民の嫌うところだ。逆に、政界で独立孤高であってこそ国民が支持し、その結果として、下心だらけの烏合の衆どもが彼にぶら下がって付和雷同の多数派になるのだ。企業でも同じこと。株主や従業員、取引先、そしてなにより顧客の圧倒的な支持があってこそ、トップは取締役会をも制することができる。指を折って役員の員数合わせばかりやっているようでは、取締役会は乗り切っても、会社がまとまらない。

 ところで、この賢帝も最期に失敗した。大ローマ帝国には、皇帝がみずから広く世に逸材を探して養子として教育し、次期皇帝に抜擢するという優れた慣例があった。ところが、アウレリウス帝はこの慣例を破り、親バカで十六歳の実子を次期皇帝に指名してしまった。しかし、この息子には、まったく才能がなかった。賢帝の死後、息子もほどなく暗殺され、二百年に渡って地中海世界を支配した大ローマ帝国は一気に混乱の泥沼に落ち込んでいく。彼自身が自分の本分を忘れ、その余計な下心から招いた皮肉な結末だ。