COVEとジャーナリストの偏向

 例の映画を巡って、右翼とジャーナリストとでごちゃごちゃやっているらしい。イルカのことなんか、知ったこっちゃない。食べたこともないし、売っているのを見たことさえない。本来、ジャーナリズムに右翼や左翼があること自体がおかしい。その原則は、相手に語らせること、だからだ。左がかった過激なマイケル・ムーアだって、その最後の一線は守っている。

 だが、あの映画は、その原則に反している。ジャーナリストなら、日本人であろうと、米国人であろうと、あんなヤラセの偽造プロパガンダをドキュメンタリーとして許してはならないはずだ。あれは、オリンピックで言えばドーピングのようなものだ。ジャーナリストなら、あれにどのような問題があるかを検証し、賞を剥奪するよう働きかけるのが当然だ。サングラスにマスクで潜入ごっこなんぞ、おまえら、管理人さんの父親か。

 べつに上映反対の右翼に味方する気もない。だが、わざわざ上映中止に反対するのも、どうかしている。右翼に屈するのも、エセ環境主義者に与するのも、自分を売り渡すことにはかわりない。安保全学連の活動家くずれどもが、ジャーナリズムの美名を好き勝手に利用していること自体、右翼だの、エセ環境主義者だのにつけ込まれる隙を作ってしまっている最大の元凶だと思う。