首都大ドブス事件

最低だ。とくにまずいのが、これがたんにアホ学生の暴走ではなく、同大学の教員が背後で煽っていたこと。指導教官ではなかったたとか、「なにか募金」の方しか見ていなかったとか、いいわけをしているが、社会的な常識があれば「なにか募金」にすでに違法性があることくらいすぐわかる。ただちに呼び出して、辞めさせるのが当然だったはずだ。

近年、メディアアートの分野が拡大し、挑発的なドキュメンタリーが人気になっている。だが、アートとしての根本の理解なしには、猿まねどころか、映像の暴力になってしまう。それをチェックするのが教員の役割であるはずだが、個人的な見解を交えていえば、こいつ、もともと筋が悪い。

アート評論の世界は、ほんとうにシロウトだましが多い。大仰で難解なジャーゴンとマイナーな作品引用を振りまけば、みんな、ころっとだまされる。だが、世の中にはその底の浅さを見抜いているやつもいることを忘れるなよ。うちの両親やその仲間は、自分たちの作品の批評を読んでいつも大笑いしていた。ひとことで言えば、作品を作る者は自分のまなざしの向こうに自分の命の時間という無償の愛を与える。だが、評論家の目はいつも宙を漂っている。そんなやつらに、作品製作の指導などできるわけがない。