ゴッホの時代

それは産業革命の時代だ。牧師の家に生まれたゴッホもまた牧師として炭坑町で伝統に努める。だが、1880年、27歳にして画家をめざした。当時、石炭や鉄鋼、蒸気機関や繊維産業で稼いだ新興成金たちが、こぞって新築の家々を、新しい鮮やかな印象派の絵で飾り立てていた。ゴッホは、画商に勤める弟テオに自分の絵を売るようにせがんだ。

当時からすれば、印象派の絵は流行もので、大量に生産され、流通していた。言ってみれば、弟テオとゴッホは、現代の雑誌編集者とマンガ家志望者のようなものだ。しかし、このころすでに、その市場では多くのビッグネームが活躍していた。遅れてきた、それも成金受けするような鮮やかな色を使わないゴッホが入り込む余地はなかった。

『炎の人』というストーンの小説によって求道者のイメージが捏造されたが、実際のゴッホの芸術的探求心は、負け犬人生の一発逆転に賭ける世俗的功名心と表裏一体だった。にもかかわらず、彼は時代に妥協せず、後者の望みがかなえられることはなかった。そして、90年、自殺した。今思えば、十年は短かすぎた。