仕事としての哲学と芸術

どんな早朝、深夜にも人は働いている。満員電車に詰め込まれ、会議と書類に追われ、遅くまで残業という人たちがいる。汗だらけ、油まみれで、穴を掘り、ものを直す人たちもいる。爪の裏までブラシで洗い、衛生に気を配る仕事もある。そんな中で、日がな、哲学だ、芸術だ、などと、うつつをぬかし、後ろめたく思わないわけがない。

真も、善も、美も、そんなものを知らなくても、人は死なない。だが、それなしでは、生きている意味がない。もちろん、それが何かなど、だれも知りはしない。ただ、それを逃し、それから外れたとき、大きな後悔がやってくる。人をだますやつより恐ろしいのは、自分自身の思惑違いだ。そのとき人生は取り返しがつかない。

哲学や芸術は、人生の道しるべだ。過去の賢人たちから自分が学んだことを若い世代に伝えることによって、彼らが仕事を通じ、作品を通じて、そのことを、さらにわかりやすく人々に伝えていくだろう。それが人々になにがしかの確信を与えるだろう。世に働く人々に対し恥じるところのないようによくよく自戒し、我々は空白の中に与えられた使命を果たしていかなければならない。