テレビと左翼

そろそろ話題にしてもいいころだ。日本の二十世紀後半はじつに奇妙な時代だった。戦時中の弾圧の反動で急膨張した戦後左翼は、朝鮮戦争とともに、ふたたび世に嫌われるところとなったが、その活動家の多くが、もっとも右翼的な経営体質のところ、すなわち、郵便局と国鉄、そしてテレビ局に潜り込んだ。

1989年の天皇崩御特番において慶応全学連出身の日下Pが実相寺昭雄に番組タイトルを書かせてみんなに自慢していたときは、たいへん当惑した。そんな嫌味なことをして、いったいなにがおもしろいのだろう、と。もともと実相寺の演出は、幼稚で小賢しく大嫌いだ。ジャミラにしても、スカル星人にしても、その左翼的世界観はあまりに底が浅い。それで円谷プロが傾いたのに、その分家の日本現代企画でも同じ路線を引きずり、アイアンキングに至っては、子供たちにさえそっぽを向かれた。

労働争議に懲りた映画会社に入社拒否され、新興のテレビ局に転がり込んで民衆の味方を標榜していた連中は、いまやその上層に登り詰め、年収数千万をむさぼっている。中は世襲と縁故だらけ。体制の権化となりながら、いまだに反自民の左翼を気取っている。傍目から言わせれば、右も、左も、結局のところ、どちらも極端な国家主義なのだから、もともと親近性があったのだろう。