実践としての政治学

古来、政治家は将棋よりも囲碁を好む。わずかの布石で、相手に多く動かせ、その既成事実の上に、当初からの思惑を実現する。基地反対と騒いでいる連中も、自分で動いているつもりで、動かされているにすぎない。腹案を実現するためには、騒いでくれないと困るのだ。

自分の力の程を弁え、場を読み、手を読み、先を読み、人を動かし、時を動かし、国を動かす。それは小賢しい評論家がテレビで語る三文芝居のようなものではない。上手は、たとえ負けても負ける前に静かに手を引くから、だれも気づかない。まして勝つときは波に乗り、なにもせずに勝ってみせる。それで外面はボンクラに見えるが、そういう政治家にかぎって、事前に水面下で数限りない策を張り巡らしている。

もちろん敵も手を打つ。基地反対と言って工事と援助の規模を大きくさせる。が、決裂する前に落としどころを見つけたい。一方、新政権は、これを機会に一気に決裂させ、この四〇年来のゆすりたかりを切り捨るべく、あえて火に油を注ぐ。双方の裏まで読める者にだけわかる、おもしろい展開だ。しかし、国内で揉めている場合なのか。隣の終わりは、もう近そうだが。