プラトンのアーティスト批判

プラトンは、アーティストを批判する。職人なら、とにかく使えるものを作るが、連中は、物事の一面の美をまねるにすぎない。それは、錯覚に過ぎず、なんの役にもたたない。それは、いまでも、一般の人々がアーティストに抱く本音でもあろう。

しかし、重要なことは、プラトン自身が、ある意味では詩人、アーティストだったことだ。彼は、その一面性を超えるために、多面的な弁証法を用い、物事の本質に迫ろうと試みた。そして、興味深いことに、彼は、美の本質が、もはやなにか美しいものではなく、理念的なものであることを発見してしまった。

美そのもの、美のイデアは、物事を美しくさせしめるが、それ自体は美しくはない。美しいものを追求するアーティストは、一面的となり、既存の美の安っぽい真似ごとになる。それは、本物に劣る。本物の持つ美そのものは、むしろ衝撃的で、我々の美の枠組み全体を揺るがす。