見ただけ、聞いただけ、読んだだけ

映画でも、CDでも、本でも、ベストセラーというものがある。やたら人が詰めかける。そして、口コミによって、さらに人が人を呼ぶ。商売としては、まことにけっこうなことだ。それは、まるで飢えて腹の満ちることのない床下の餓鬼どもに施しをするようなものだろうか。

年に数百本、映画を見ている、と、自慢する人がいる。速読術で一冊30分で読める、と、誇る人がいる。こういう「売り文句」を就職面接の師匠とやらが本人の自己紹介にしているのだから、恐れ入る。こんな自己紹介を初対面の学生に言われたら、いったいなんと答えてよいのやら。そんなに映画を見て、そんなに本を読んだとなると、逆に、だれだかわからない。いっそ、二葉亭四迷が好きだ、とでも言ってもらった方が、話がはずむ。

これは、文化における豊かさの中の貧しさだ。数を見れば見るほど、読めば読むほど、心が貧しくなる。こんなに良い作品があふれているのに、なぜそんなに次から次に新しいものを探さなければならないのか。きっと、心にとてつもない大きな穴が空いているのだろう。だが、それは、数では埋まらない。