実存主義の失敗

理屈の話ではない。二十世紀は実存主義が流行した。身辺にも、それを信奉した人々がいた。彼らは、ある意味で社会的には成功した。本人も、それを誇りにしていた。だが、その一生が終わってみると、あまりにも存在感がない。あれほどの強引さを振り回していたのに、死んでその歪曲が失せてしまえば、まさに虚無しか残っていない。

なんとみじめな生き方だろう。その人の日々は、まさに恐れに満ちていた。そして、その恐れゆえに、暴力的に他人をおとしめ、他人の上に自分を作った。だから、結局、自分は他人ではないものの寄せ集め以外のなにものでもなくなってしまった。ある程度になって、それに気づき、あわてて自分自身を取り戻そうとしたようだが、まったく手遅れだった。

キルケゴールニーチェが苦難の中でつかんだ実存主義の発端は、ああではなかったはずだ。だが、キルケゴールニーチェの言う「最低の読者」たちは、それをねじ曲げ、その歪曲そのものとして自分を建てた。ああはなりたくないものだ。