アカデミー賞は番狂わせではない

 どこもかしこも『アバター』で大騒ぎしていたが、あんなのがアカデミー作品賞を取れるくらいなら、スピルバーグだって、『シンドラーのリスト』よりずっと前にいくつもアカデミー賞を取っていただろう。むしろ、『ハート・ロッカー』の受賞は、至極、当然の結果だ。スタジオはブロックバスター(大ヒット作)を望むだろうが、映画の創り手たちからすれば、硬派の社会的テーマをエンターテイメントに仕立てて世に問う方が、映画人の使命として、おもしろいにきまっている。

 イルカ漁を問題視した『ザ・コーヴ』の長編ドキュメンタリー賞受賞も日本では問題になっているようだが、アカデミー賞の中でも、長編ドキュメンタリー賞なんか、だれも問題にしていないから、問題ないよ。過去の受賞作だって、だれも知らないだろ。あれ、受賞条件がうるさすぎて、話にならない。それこそ、ドキュメンタリーなら、『華氏911』のように、興行成績を上げる方が、創り手の夢だ。

 取った、取った、と喜んでいた人たちには悪いが、外国語映画賞も同様。やっぱり誰も相手にしていない。さらに言ってしまえば、ベルリン映画賞や、カンヌ映画賞も。過去の受賞作品なんか、邦人作品以外、まったく知らないでしょ。テレビで特集を組むこともない。実際、『ライフ・イズ・ビューティフル』とか、アカデミー賞も取った作品以外、かなりクセが強くて、一般受けしないし、ああいう作品を作ってみたいと思う映画人もいない。映画の創り手は、その独特の作風を知っていなければならない、という意味では重要だけれど、観客とは関係がない。

 こうしてみると、アカデミー作品賞は、やはり別格だ。受賞したから、というのも、あるにはあるだろうが、一時の興行成績がどうこうではなく、歴代、「古典」と呼ぶにふさわしい、古びることのない不朽の作品が、実際、選ばれてきている。まさに映画の創り手たちの目の確かさだ。

 映画は、近年、テレビ化してきている。わーっと話題になるが、よく考えると、正直、たいしておもしろくもない。『ポニョ』なんて、その典型。子供でさえ、キャラクターグッズに見向きもしない。でも、映画らしい映画は、テレビとは違うなにかが必要なはずだ。何十年を経ても、笑わせ、泣かせ、怒らせ、喜ばせ、観客を楽しませるような何かが必要なはずだ。