情報学のうさんくささ

 情報、と言っても、人によってかなりのイメージの混乱がある。そもそも「情報」という日本語は、明治の造語で、事情の報告ということ。事実としての状況の報告ではなく、リッシンベンがついているように、な感じかなぁ、というような、かなり主観的で説明的な伝聞話のことだ。

 日本では、情報に、information という英語を当てるが、この単語は、たしかに日本語の情報に近く、人に対するなにかの案内、ということ。工学連中も、自分たちの研究分野を「情報」と言い、information と訳すが、それは和製英語に近く、実際の英語では、computing と言う方が一般的。また、たしかに、英語に information engineering という単語はあるが、これは日本の情報工学とはまったく異なるもので、企業内における報告連絡相談の緊密組織化を意味し、むしろ経営学の一分野だ。さらに、CIA(中央情報局)のような場合、英語では、Intelligence が当てられている。理系でも、DNAの情報なんかは、こっちを使う。

 つまり、日本語の情報は、information と computing、intelligence の概念がごちゃごちゃになっている。混乱の現況は、日本の理系が computing と言わず、information を濫用していること。連中の英語、いいかげんだからなぁ。

 大学の中でも、この混乱はひどく、情報系科目、なんて言ったって、先生によって、一方では、ネチケットなんて教えているかと思えば、他方では 、Tベースだの、ハブだの、さらに別の先生は、二進法やら、多変量解析やら。

 正直なところ、現状の「情報学」なんて、どうみたって学問じゃないよ。旧来のどっかしらの話の、とんでもない寄せ集め。論文集とかを見ると、英語で書いてごまかしてあるものの、中学生の夏休みの宿題みたいな、やっつけ仕事のレベルの実験話が数ページずつ大量に羅列されている。もちろん、ヒューマン・インターフェイスだとか、インフォメイション・エンジニアリングだとか、パブリック・リレイションとか、世にきちんとした情報学がないとは言わない。だけど、これまでそんな分野が大学になかったのだから、そんなことを、きちんと長年に渡って専門に研究してきたひとなんて、ほとんどいやしない。

 でも、「情報学」って名乗ると、予算はじゃぶじゃぶ入ってくるんだな。パソコンが一台100万した時代のまま、減ってないんだもの。連中は、ほんとうにカネ持ちだ。でも、あまりうらやましいとも思えない。研究室に何台もパソコンがあったら、結局、一年中、そのOSやソフトのダウンロードとアップデートをしていなければならない。で、連中は、最近は、機材購入を止め、よく会合を開いて、出張費で予算を消化している。やっぱり無駄な連中だ。


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