ドレスダウンと階級問題

 腰ばき、シャツ出し、鼻ピアス、いわゆる「ストリート系」と呼ばれるファッションだが、これは「ドレスダウン」なのだろうか。「ドレスダウン」を和製英語などと書いている人がいるが、とんでもない。ちゃんと英語の辞書にも出ているし、ファッションの歴史でも重要な概念だ。

 もちろん、それは、「ドレスアップ」があればこその反対概念。しかし、アップとかダウンとかいうのは、階級のドレスコードを基準としている。たとえば、市井の民草も、結婚式などでは、紋付袴で、武家まがいの衣装を着る。近ごろは、鎧兜だの、十二一重だの、二階級特進みたいなことをやりたがる人もいる。しかし、武家は、儀礼では、狩衣。しかし、それは貴族の普段着にすぎない。貴族自体は、盛装では烏帽子直垂。このドレスアップ・システムは、西欧でも同じで、偉い人に会うために、偉い人たちと同じような服装を着る。これが、ドレスアップ。

 逆に、ドレスダウンは、上の階級の人が、下の階級の人の真似をする遊び。ただし、それは、同じ階級の人たちの間で、まあ、かたくるしくなくいきましょうや、ということで、プライベートパーティやリゾート地でのファッションとして用いられた。蝶ネクタイではなく、アスコットタイを用いる、などが典型だ。重要なのは、ドレスダウンしても、いや、ドレスダウンしているときにはとくに、彼らはけっして下の階級とは交わらない。

 ルネッサンス末期、騎兵戦から歩兵戦に変わる際に、大量の屈強な農民が傭兵に採用された。彼らを「ランツクネヒト」と言う。衣装は度派手で、重ね着して、上着に裂け目(スラッシュ)を入れ、下地の色をのぞかせる、というのをはやらせた。また、股袋(コドピース、ブラゲッド)と呼ばれるバカでかい下げポケットを一物のように股間からのぞかせ、威を誇った。そして、ヘンリー八世を初めとして、多くの貴族たちも、好んでこのバカげた婆娑羅ファッションにドレスダウンして、楽しんだ。アメリカの金持ちのボンボンが、ブルックスブラザースのジャケットに、つぎあてジーパンをはいて、笑い会うようなものだ。

 しかし、これは、ランツクネヒトの側からすれば、あくまでドレスアップだったのだ。彼らは、もともと農民の中でも、農民としては暮らしが成り立たないくらいの下層。それが傭兵に取り立てられて、自分はもう農民ではない、ということを示すために、このような貴族まがいの格好をしようとした。しかし、それでいて、ドレスコードそのものに対する強いコンプレックスを持っている。そのアンビバレントな心情が、貴族のドレスコードにも従わない、おかしな着方を生み出した。

 かくして、ドレスアップとドレスダウンが、見た目では、とても似ている、ということが起こる。しかし、階級の壁は厳しい。生地や素材、着こなしや立ち振る舞いが、上と下では決定的に違うのだ。同じような格好に見えても、そこに越えがたい差異がある。だからこそ、セレブは、安心してドレスダウンできる。逆に、身の程知らずの成り上がりがどんなにドレスダウンにドレスアップしてみても、向こう側には行かれない。

 英語のドレスダウンには、もうひとつの意味がある。厳しい叱責を浴びせる、という俗語。ドレスダウンしたつもりで、ドレスダウンさせられるのでは、アホとしか言いようがない。



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