建築の個性1

 ヨーロッパの人々の服装は、みな個性的だ。だれもがだれとも似ていない。そもそも背格好も、顔つきも、いろいろ。同じ服装、という方が無理な相談だ。ところが、だれがどの家(建物)に住んでいるか、などというのは、まず当たらないだろう。というのも、家なんか、みんな似たり寄ったりだからだ。数百年前からの古い建物を今風に直して使っている。大戦で廃墟となった街ですら、昔のままの外観の建物を建てる。

 一方、日本はどうか。だれも、みんな同じような服装。ドブネズミ色のスーツに煮染め昆布みたいなネクタイ、という人はさすがに減ってきたが、オンでも、オフでも、個性などまったくのない、ユニクロかニッセンで売ってそうな感じ。もちろん中には、高いブランドのもあるのだろうが、そういうのに限って、ニッセンっぽかったりして。いや、ニッセンが高いブランドっぽいパチなのか。どっちでもいいけど、どうでもいいような格好ばっかり。

 で、さて、どこの家に住んでいるでショー、をやったら、やっぱりさっぱりわからないだろう。超過密な京都だの、70年代の多摩丘陵の崖地だのみたいに、よほど地型が悪いのならともかく、のっぺした新興住宅地ですら、なんでまあ、こんないろいろな変な形の家ばかりが大量に建てられてきたのだろう、と思う。

 建築費だけで二千万近くしただろうに、わずか20年で無価値。実際、海砂の混じったモロモロの基礎だったり、隅まで3寸半の柱で通しがなかったり、壁断熱が薄かったり、こんなの、リフォームしたって、どうにもならない。規格品で建て直した方が早いし、安い。一方、60年代のシンプルな借家は、適当に建増ししたりして、いまも意外に稼働している。ああいうのは、建築のルールどおりで、構造もこなれているから、けっこう強い。

 とはいえ、戦前、戦後のような縁側のある和室間取りは、七〇年代までに廃れてしまった。団塊世代の子供部屋が当たり前になり、二階にオカグラにして、家をガタガタにしてしまった。以後、合板やスレート屋根、さらにはセメント耐火ボードと、建築資材の変化もめまぐるしかった。だから、仕方ない面もあるのだが、それにしても、70年代以降の注文住宅の間取りと構造のひどさは、いったい何なのだろう。


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