公園に居住権を

 経済がガタガタになり、仕事を失い、家を失う人が急増している。ところが、生活保護を受けようにも、住所がないと、地方自治体が相手にしてくれない、という事態が起こっている。そのうえ、そういう人々は、怠惰ゆえの負け組だ、などと言って見下す風潮もある。

 しかし、病気も、貧乏も、時の運だ。同じことをやっても、成功する人もあり、失敗する人もある。本人の責任ではなく、思わぬ人のツケで転落することもあるだろう。社長がバカをやり、その会社を存続させるためにリストラされる人に、いったいなんの罪があるだろうか。人ごとではない、と思い知るべきだろう。

 とはいえ、こういう貧しさに対して厳しい風潮は、歴史的に見れば、過去にもあった。ルターだの、カルヴァンだのは、貧乏は怠惰だと決めつけ、貧民を痛めつけた。しかし、彼らは、実際は、羊毛産業の隆盛による囲い込みで農地を追われた人々であり、彼らはまさに当時のリストラの被害者だったのだ。

 彼らは都市に流入して、浮浪者となった。その犯罪や衛生が問題となり、貧乏は犯罪だとして、鞭打ちなどの処罰が加えられた。そんなことはなんの対策にもならず、都市の浮浪者は増え続けた。このため、十六世紀から「救貧法」によって矯正院に収容して仕事を与えた。しかし、これは、実質的には、刑務所の懲役刑と同じで、法外な低賃金の強制労働であり、市場の労働賃金一般を下げ、かえって生活の成り立たない貧民を増すことにしかならなかった。

 フランス革命のころは、博愛精神とやらで、やたら救貧が充実するのだが、そのために重税が課せられ、結果、やはり貧民に落ちる者があとをたたず、それどころか、その方が楽、ということになってしまった。そして、その反動で、ナポレオン戦争後の新救貧法では、救貧政策が極端に削減されてしまい、マルクスみたいな武装勢力を生み出すことになる。『レ・ミゼラブル』とか、『オリバー・ツイスト』なんかもこの時代のことだ。救貧は自治体の負担になったから、とにかくほかのところへ追いやるのが第一で、事態はどんどん悪化する。

 これを解決したのが、第二次産業革命。繊維、炭坑と鉄鋼、そして軍事は、莫大な労働力を必要とし、その長時間労働のために、貧民を労働者や兵士として、その寮に吸収してしまった。戦後も、大規模工場は、同じように機能し、貧しい人々に仕事と寝床を提供してきた。そして、いま、そのダムが決壊した。

 歴史に学ぶなら、救貧問題を自治体にやらせれば、住民ではない、と言って、隣の市町村にやっかい払いしようとするだけだ。きちんと対応するためには、国が中心になって、自治体の救貧施策のインセンティヴが高まるようなメリットを与えないと無理だろう。また、彼らがホームレスというのもおかしなものだ。ちゃんと公園に住んでいるじゃないか。もともと公園なんて、戦後の焼け野原の区画整理のどさくさで捻出したもので、だれのものでもないはずだ。いや、住民のための、というのなら、まさに公園に住んでいる彼らこそ住人だろう。

 戦後の時代、だれもがだれの土地ともわからないところにバラックを建てて住んでいたじゃないか。だから、貧しくてもホームレスではなかったし、暖かな家庭や地域の相互扶助もあった。いま、彼らのものを彼らに返すだけのことだ。いずれ彼らが去ったら、また木でも植えて整え直せばいい。だれのものでもない公園とは、そういうものじゃないのか。木と、人と、どっちが大切なのかなんて、自明のことじゃないか。それまできちんとそこに住まわせて、せめて自助のじゃまをしないくらいしてやってもいいのじゃないだろうか。彼らがコツコツと集めてまわっているアルミ缶まで、自治体の天下りリサイクル団体が利権として奪い取るなんて、人として最低じゃないか。


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