ハウステンボスの致命的欠陥

 うちの研究室では、いろいろなものを対象とする。当然、テーマパークも扱っている。以前、まだハウステンボスが好調のときに、ある女子学生が卒論で、なぜハウステンボスはダメになるか、を、ディズニーランドと比較して論じた。資産だの、アトラクションだの、ホスピタリティだの、テーマパークを論じた研究は以前からいくらでもあるが、その学生のアプローチは、かなりオリジナリティの高いものだ。

 すなわち、それは匂いだ。ディズニーランドは、目をつぶっていても、匂いでわかる、と言う。エントランスから各アトラクション、各オフィシャルホテルまで、それぞれの匂いがあり、風と人の流れによって、きちんとコントロールされている、という。すれちがう人の匂いで、そこに行きたくなる、という。ディズニーランドサイドでの資料で確認することはできなかったのだが、おそらくあのテーマパークの最高度の運営ノウハウではないか、と思う。

 『オトナ帝国』の20世紀博でも、匂いがキモになっている。20世紀のなつかしい匂い。対するは、野原ひろしの靴下の匂い。現実の、働く男の、まさに加齢臭。よく言われているように、ディズニーランドは、過去と未来があって、現在がすっぽりと抜け落ちている。その中は、いま、ではない。ディズニーランドからは、周囲のオフィシャルホテルすら見えないように、配置が工夫されている。

 人はなぜ海外旅行するのか。ヴェネチアには、あの潮臭い運河の腐った匂いがある。内陸は、夏の麦の匂い。ドイツには、ありあまるシナモンなどのハーブの香り。フランスの田舎のブドウ畑の酵母臭。そして、オランダは、過密都市の人の匂い。一方、人工のハウステンボスには、それがない。コンクリとチャンポン、そしてまさに場末の匂いがする、と十年も前に学生が見抜いている。

 場末の匂い、は、致命的だ。おそらく、それは乾いたホコリと、古びた商品が放つもの。高いカネを払って、そんな匂いのするうらびれたところに行くやつはいない。

 うちの研究室では、いろいろなものを対象とする。当然、テーマパークも扱っている。以前、まだハウステンボスが好調のときに、ある女子学生が卒論で、なぜハウステンボスはダメになるか、を、ディズニーランドと比較して論じた。資産だの、アトラクションだの、ホスピタリティだの、テーマパークを論じた研究は以前からいくらでもあるが、その学生のアプローチは、かなりオリジナリティの高いものだ。

 すなわち、それは匂いだ。ディズニーランドは、目をつぶっていても、匂いでわかる、と言う。エントランスから各アトラクション、各オフィシャルホテルまで、それぞれの匂いがあり、風と人の流れによって、きちんとコントロールされている、という。すれちがう人の匂いで、そこに行きたくなる、という。ディズニーランドサイドでの資料で確認することはできなかったのだが、おそらくあのテーマパークの最高度の運営ノウハウではないか、と思う。

 『オトナ帝国』の20世紀博でも、匂いがキモになっている。20世紀のなつかしい匂い。対するは、野原ひろしの靴下の匂い。現実の、働く男の、まさに加齢臭。よく言われているように、ディズニーランドは、過去と未来があって、現在がすっぽりと抜け落ちている。その中は、いま、ではない。ディズニーランドからは、周囲のオフィシャルホテルすら見えないように、配置が工夫されている。

 人はなぜ海外旅行するのか。ヴェネチアには、あの潮臭い運河の腐った匂いがある。内陸は、夏の麦の匂い。ドイツには、ありあまるシナモンなどのハーブの香り。フランスの田舎のブドウ畑の酵母臭。そして、オランダは、過密都市の人の匂い。一方、人工のハウステンボスには、それがない。コンクリとチャンポン、そしてまさに場末の匂いがする、と十年も前に学生が見抜いている。

 場末の匂い、は、致命的だ。おそらく、それは乾いたホコリと、古びた商品が放つもの。高いカネを払って、そんな匂いのするうらびれたところに行くやつはいない。