ダイナースとステータス2

 結局、バブルでステータスの意味が変わったのだ。カネさえ払やいいんだろ、ってな連中の、どこがステータスなのか。昔、ダイナースの店やツアーなどに人気があったのは、なにがしかの分野で相応のステータスを持つ人々とそこで知り合うことができたからだ。つまり、ダイナースは、VISAやアメックスのようなカード屋や金融屋である以前にクラブだったはずだ。

 同じことがゴルフ場にも言える。ゴルフは、まず第一にクラブだったはずだ。コースになんの愛着もなく、ただ会員権の投機をやるような下世話な連中が来るところではなかったはずだ。リゾートクラブもそう。軽井沢上高地だってそうだ。バブルのころ、おばさまが言っていた、「ちかごろは、あの街も知らない人ばかりになってしまったから」と。

 カネでステータスが買えると思っている連中は、じつは、本人自身が、店にカネで買われている。店の側からすれば、一見さんで、どこの馬の骨だか知らんが、カネがあるなら入れてやるよ、と言うことだ。京都などでは、バブルの間も、かたくなに、一見さんお断り、を続けたところも多い。そうであってこそ、ほかのお客も安心できるから。実際、あの狭い世界に、だれだかわからんのがウロウロされたのでは、たまらんだろう。

 一方、料亭や旅館などは、アホな高級改装をやったところが多かった。座って10万、ビールで20万。これまた、客をカネで計った結果、常連は離れ、バブルとともに潰れた。店のステータスというのも、価格ではない。だれだれさんの行きつけ、ということが重要なのであって、そのだれだれさんが寄りつかなくなったら、金持ちだって、来る理由がない。高くて旨いだけのメシ屋なら、ほかにいくらでもある。

 本来のステータスは、人望だ。人は店に惹かれ、その人が他の人を呼び込む。クラブとはそういうものだ。ダイナースもかつては紹介制が基本だった。広告で寄って来るような連中を入れるところではなかった。もちろん規模の効果はあなどれないのだろうが、そんなことをしていると、旧知の連中が去っていくよ。ただのカード会社なら、あんな高い年会費を払うバカはいないよ。



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