映画ファンドのもろさ

 シネカノンが飛んだ。まあ、驚くには当たらない。状況が悪いということは、だいぶ前から公然たる事実だったし、そうでなくても、映画の買付会社や製作会社は、どこも危機的な状況にある。興行成績が好調なのに、と、思う向きもあるかもしれないが、そう思うのは、シロウトのシロウトたるゆえん。

 一般商品で言えば、バカみたいにキャンペーンコストをかけてヒットさせた人気の新製品などより、味の素とか、焼き肉のたれとかの定番商品の方が儲かるんだよ。マーケティングでは、前者を「スターホース」と言い、後者を「キャッシュカウ」と言う。これを、キャッシュカウと呼ぶのは、そのフローの現生ミルクで、海のものとも山のものともつかない「ワイルドキャット」を育てるからだ。このおいしいところを投資家に分配してしまえば、次のワイルドキャットは育たない。(じつは、私はちょこっとボストンに関わっていた。)

 じつは、私は、例の映画ファンドが始まる前に、あるところで、連中の目論見説明を詳しく聞く機会があった。ようするに、それは著作財産権の分譲で、先のバブルでさんざん問題になった不動産モーゲイジのシステムの応用だ。よくもまあ、こいつら、バブルで失敗したくせに、性懲りもなく、というのが、当時の感想。しかし、小金持ちの雇用機会均等法F2キャリアウーマンみたいなのが、ずいぶんひっかかって買ったらしい。連中の言い分では、たとえファンドがひっくり返っても、倒産隔離によって分譲済みの著作財産権は安全、みたいな話だったが、クズ映画の著作権なんぞ、原野商法の土地ほどにも価値はない。なあ、知ってて売っただろ? そのこと、客に説明したか?

 映画スタジオの機能は、映画を作ることではなく、作品間の内部金融にある。ファンドではなく、永続でシネコン配給しないと、難平できない。たかだか同時期20本のポートフォリオを組んで、打率2割で儲かる、ったって、同じ製作会社の作品群のポートフォリオなんか意味ないよ。だいいち、2割って、なんだよ。20本創って、4本もヒットする、とでも思ったのだろうか。ハリウッドだって、そんなに当たっちゃいないよ。100本創って、1本を場外ホームランにして回収しているのが現実だ。映画は、当たるか、はずれるか、しかない。ヒットなんか、ない。

 銀行崩れどもの話を聞いていて思ったのは、映画については、まったくのドシロウトだな、ということ。宝くじを当てたやつが、その「実績」を元に、宝くじの当て方を自慢げに人に説いていたら、バカだと思うだろ。メディアミックスで、広告代理店とテレビ局が、人気マンガを原作に、いろいろとノウハウを持つ古い映画スタジオに創らせても難しいのに、シネカノンみたいな会社が中堅監督の力だけでなんとか、と言っても、毎度、競合大作にぶち当たって、座礁するだけ。マーケティングとしては、ヒットなどではなく、『ナポレオン・ダイナマイト』や『ブレアウイッチ』のような、数百万円台の超ローコストのニッチ作品、バントでただ出塁を狙うような新人のジャンク作品を大量に集めるべきだった。もっとも、それなら、あんな病的にでかいファンドはもとより不要だ。

 だいたい、日本の映画製作は、資金管理が甘くて、ほっておいたら、現場ではないところで、ほとんど消えてしまう。費用対効果をきっちり計算するスピルバーグみたいな監督もいない。だから、やたら資金をほしがる。ハリウッドだったら、同じ映画を半値以下で創ってみせるだろう。製作過程での著作権価値保全の公開システムなしにファンドを組むなんて、ドンブリ勘定どころか、底の抜けた袋にカネをつぎ込むようなもの。

 でも、連中の本音の思惑は、もっと別のところにあったと思う。映画のトーハン日販みたいな金融機関だ。ファンドを連続させて、ポートフォリオの組み込みを変えていったら、入ってきた資金は永遠に償還しなくていい。映画会社は、作品がはずれても、クズ著作権を放棄するだけで、次の資金に手をつけることができる。まさに底抜けの銭袋だ。

 もっとも、流入資金が枯渇してシネカノンが飛んだのは、映画ファンも、それほどバカじゃない、ということだ。映画なんか、ファンにとってはあくまで娯楽なんで、リスクを負ってまで入れ込むものじゃないよ。