教養部解体とその後の大学7

 DQN大学の特徴は、卒業生の内部昇格または地元の実務者の途中採用が多い、理系特定学科出身者が上層を占めている、任期四年を越える学部長・学科長がいる、名誉教授(20年以上も移籍していない)が多い、非常勤や特任が退職教授ばかりで若手がいない、など。ようするに、停滞している。その原因は、一言でいうと、その大学は、大学とは名ばかりで、アカデミックな基盤と人脈を持っていないのだ。だから、広く人材を登用する道を持っておらず、そのコンプレックスで、さらに閉鎖的で独善的になる。

 この問題は、大元の教養部解体と無関係ではない。かつて大学は、たんなる専門研究の場ではなく、その分野の学内外での指導的研究者の育成の場でもあった。しかし、教養部の解体とともに、大学が学部のみのものとなり、専門学校化してしまったのだ。もっと言えば、高等教育が、中等専門教育に成り下がった。

 そもそも1980年代以降の大学教員の多く、つまり、いまの大学教授の多くは、学生時代にロクに勉強もせず、ゲバ棒を持って火炎瓶を投げていたような前科者ばかりだ。そして、それに、その腰巾着たちが続く。研究者というより、あいかわらず閥を作って、予算や施設をぶんどる学内政治を続けている。彼らのやっていることは、彼らの学生時代となにも変わっていない。

 古き旧制高等学校は、大学で学ぶための予備学問以上に、その教員たちが、大学で特別に学ぶ機会を得られるありがたさや、社会に知識を還元すべき使命を教え、また、学生たちもたがいに、その野心の展望と義務の自覚とを磨き合った。中等教育とはまったく違う、哲学や思想など、一見、役には立たないような、しかし、人間と社会の根源を問うような学問こそが、そこでは折に触れて教えられ、語られた。しかし、教養部の戦後の空洞化と91年以降の解体は、この人間形成ための貴重な基盤を失わせてしまった。

 もちろん、いまや、大学の大衆化の潮流にあって、大卒者がみな、学問や社会の指導者となる、などという時代ではない。だが、大学は、大学として、専門学校などとは違う、高邁な教育理念がなければならないだろう。幅広い見識の上に自分自身を位置づける教養がなければ、どんな技能も、なんの役にも立たない。技能をなにに使うか、なんのために技能を求めるのか、それを問う志がなければ、真の学問の研究者にも、真の社会の指導者にも、そして、真の人間にもなれはしない。