教養部解体とその後の大学5

 大学のランキングというと、世間の人は学生の入学試験の偏差値を思い浮かべるだろうが、それは、この業界の中での評価は微妙にずれている。

 そもそも、入学試験の偏差値などというものは、こんにち相当に操作されている。たとえば、入学試験では、あえて定員割れまで不合格にしまくって、予備校調査での大学の偏差値を上げ、その後、その不合格にした受験生を補欠入学させて学生をかき集める、とか。そうでなくても、AO入試その他で、とてつもなく大きなバックドアを開く一方、通常の入学試験の合格定員を極端に減らして、試験の偏差値を上げる。

 言うまでもないことだが、そもそも学生の資質は、偏差値などで決まるものではない。そんなことで騒いでいるのは、偏差値の高い有名大学に入れることで評価を得ている予備校業界や高校業界と、それに踊らされている学生や保護者だけだ。ものすごい競争倍率で入学試験に合格したところで、大学に入ってみれば、付属校だの、推薦校だのから上がってきた、とんでもない底抜けのボンクラがいっぱいいる、というのが、いまの現実だ。そして、そういう連中こそが、とんでもないコネをもっていて、三〇そこそこでどこぞの副社長になってしまったりする。

 これは、国立の東大ですらそうだ。サラリーマンの子弟で中高一貫の受験校上がりの連中は、入学試験の頂点に立ったつもりでいると、四月早々から、その他の高校から来た変な連中を見て打ち負かされる。そういう変な連中も、たしかに同じ試験を受けて入ってきているのだが、受験校上がりとは素性が根本から違うのだ。芸大でも通るほどピアノが弾けてしまったり、本を一読しただけで全頁を暗唱できたり。だいいち、親族も、医者、学者、芸術家、政治家などだらけ。語学力がどうこういう以前に、海外在住経験も珍しくなく、それどころかハーフやクォーターもいっぱい。

 つまり、受験校上がりは、ここで初めて、受験校の中とは違って、本人の努力では絶対に打ち破れない、とてつもない天性と歴史の高い壁があることに気づかされる。受験校上がりは、対外的には、東大卒だ、と、えばってみたところで、東大の中では、すでに最初から負け組なのだ。(そして、実際、そういう受験校上がりの連中にかぎって、世間で思い描いているような、まさに嫌みな東大生が多く、学内でも、変な東大生の側から、無能、として、激しく嫌われる。)