教養部解体とその後の大学4

 しかし、その後、驚くべきことが起こった。じつは「大綱化」と同時に、初等・中等教育で「ゆとり化」が行われていたのだ。90年代後半になると、大学生のくせに、漢字が書けない、読めない、2ケタの計算がわからない、などというのが続出した。かつては、教養部によって厳正に入学試験が行われていて、そんな学生が大学に入ってくる余地はなかったのだが、学部が直接に採用に関わるようになると、AO入試だの、一芸入試だの、スポーツ推薦だのと言って、基礎学力を問わなくなっていた。まして、2000年を越えて少子化の傾向が強まると、多くの大学で、学力よりも人数集めが優先されるようになってしまった。

 一方、バブル後の景気低迷で、就職状況は悪化する一方だった。企業は、もはや大学のブランドを信用せず、自前でSPIなどの基礎学力試験を実施するようになった。このため、大学は、専門教育どころか、1年から4年まで、漢字だの、計算だの、小中学校並みの補習授業を実施しなければならなくなってしまった。

 このことは、学内教員のバランスにも新たな変化を引き起こした。大学の膨張期に採用された全共闘世代が教授としてだぶつく一方、中堅以下は、アカデミックポストを得ることが著しく困難になり、非常勤や任期制を渡り歩くのが慣例となった。そして、たとえ常勤に採用されても、学部内で年配者たちにこきつかわれ、補習授業や高校訪問などの「雑用」を押しつけられるようになってしまった。