教養部解体とその後の大学1

 センター入試が終わった。私の頃の東大は、文系でも理科2科目で、全7科目。2日間、朝から日暮れまで。昨今は、もともと私学目的だったりするので、ほんの数科目を受けただけで途中で帰ってしまう受験生だらけだ。個人的には、ああいう試験を年に何度もやって、基礎教養の水準を安定化させないと、大学というものそのものが成り立たなくなりつつあるのではないか、と危惧している。

 大学というものがおかしくなったのは、バブルさなかの1991年。「大綱化」からだ。いや、それ以前から多くの問題を抱えていたからこそ、「大綱化」が行われた。

 それ以前、大学というものは、国公立であろうと、私学であろうと、文科省によって、必要単位数の細目が科目ごとにきっちり規格化されていた。「大綱化」というのは、総計124単位でさえあれば、細目は個々の大学が自由にしてよい、という、一種の規制緩和だ。そして、この「大綱化」で、もっとも影響を受けたのが、細目によって規定されていた教養部。多くの大学で、教養部そのものが解体され廃止されてしまった。

 しかし、もともと、戦後の大学に設定された教養部というのがきわめて不安定な存在だった。その大元をたどれば、それは、明治時代の大学予備門にまで遡る。当初、大学というものは、帝国主義の中で国家戦略としてお雇い外国人教授たちを招聘した機関で、ほとんどすべての講義はドイツ語かフランス語、そして英語で行われた。だから、大学生になるまえに、これらの外国語と欧米文化の基礎知識を習得しておく必要があり、大学予備門が設置された。そして、これが、旧制高等学校になる。