物書きのための文体論4

 人格、とは、感性と思考と行動の原理原則の束、だ。同一人格において、同じようなものを見れば同じように感じ、同じように考え、同じように行動する。たとえば、道ばたの花を見て、ある人は、美しいと感じ、立ち止まって、眺める。しかし、別の人は、気づきもせず、したがって、立ち止まりもしない。前者の人は、空の雲を見ても、そうであろうし、また、コップに落ちて行く牛乳のしずくの行方にも心を奪われるだろう。しかし、後者の人はそうではない。

 何について書き、いかに考え、どのように述べるか、は、物書きにおいて、自覚的にコントロールされていなければならない。言ってみれば、それは、全身で演技する役者と同じことだ。しかし、役者以上に難しいのは、人から台本が与えられるわけではなく、むしろその台本の大元から自分で作り上げなければならない、ということ。ひとつの文章、ひとりの作家として、その人格は、どのような立場として統合されているのか、統合されるべきか、が、あって初めて、実際の個々の文章が生み出される。

 ややこしいことに、一人の感性原則の束の中には互いに矛盾する原則も含まれている。そして、その矛盾は、まさに規則的に繰り返されるのでなければならない。とくに小説などの登場人物などでは、このような混乱や矛盾を抱えていることが、その人物の魅力の絶対条件となる。それゆえ、その人物を描き出すためには、作家の方は、むしろかながる混乱や矛盾が生じているように、その人物を動かさなければならない。